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伊藤製作所「豆畑支所」
   
 

ウエットサウナと漫画と摂食障害

2013年12月29日(日)

今朝は早くからズンバにいき、次のクラスも取りかけたが、半分くらいやったところで(ウエイトを使って筋トレするクラスだった)自分の限度に達したのでやめて、ウエットサウナとジャクージに30分以上浸かっていたのである。あーーー心底からリラックスしてさっぱりした。天国だった、いやクリシェだな、浄土とかいうのもこんなかんじかもしれない。で、そこでまんじゅうみたいに蒸かしあげられながら、いろんなことを考えたのだが、きのう読んだ漫画の中に摂食障害の女の漫画があり、母と娘の葛藤がうまく描けていた。ちょっとだけ、あ、わかりやすすぎるんじゃないか、つまり、わかったことをわかるようにという漫画の括りに括られてしまっていると考えたのだが、こうしてウエットサウナの中でつらつら考えてみると、摂食障害という病気が、他のもろもろの病気とはちがって、いたってわかりやすい病気なのかもしれないな、と。だからあの漫画はあれでいいのだろうと。なんという漫画で、漫画家なのか、ここに書きたいのだが、チェックするためにまたあそこ(ネット書店のコミックコーナー)に戻ると際限なく読んでしまいそうなので、手をぷるぷるふるわしながら(今更ながら言いますが、あたしは漫画依存症だ)やめておく。たぶん月刊スピリッツだ。間違っていたらごめんなさい。

この頃の漫画

2013年12月28日(土)

カノコたちが帰って、今年の祝祭週間もほぼ鎮圧したかんじ、あとは大晦日のパーティー当番(例年だ)なので、ちょっと食べ物と飲み物用意するだけ。
きのうおとといと漫画をよみまくっているのは、ネット書店で、小学館系の漫画のただ読みができるからだ。それで「ウシジマくん」を3巻、「医龍」を3巻、「岳」を3巻、読んでしまった。あと、月刊スピリッツ(ここに「シュトヘル」がのっている)を数冊と、信長のお小姓にタイムスリップする女子高生の話、20歳まで生きられない男の子と幼なじみの女の子の恋愛話、いきなり子どもを預けられたキャリアウーマンの話、何か他にもいっぱい。月刊スピリッツ(と思うが雑誌名に確証がない)はこないだからときどき読んでいて、お、これは! と思うような新しい表現の漫画に再々出会う。数か月前に読んだ、偽札を作るお姫さまともうひとりの偽札作りの話はとてもよかったので、漫画友達に知らせたほどだ。岡田史子の再来!と思えるような漫画にも出会ったが、今、そっくりそのまま再来することに意味があるかどうかはわからない。ただ、だいたいの漫画は、やはり、わかっていることをわかっている範囲で語るという括りに括られてしまっている。しかしその括りを外せば、たぶん漫画というジャンル枠からは逸脱し、安心して読めなくなるというもともとの性格があるので、なやましいところだ。「ウシジマくん」はおもしろい。前からちょくちょく買っている。でも最初のほうは2巻しか持ってなかったのである。ウシジマくん(ないしは高田やマサル)が成長するかどうか。「ナニワ金融道」のおもしろさは各挿話、各キャラにもあったが、灰原が成長するbildungsroman的なところにもあったものだ。その要素がないと金太郎飴になる。いや、水戸黄門的なものを目指しているのかもしれないからこれでいいのかも。「医龍」も「岳」も読み応えあった。「岳」はヒューマンドラマ漫画か(よくある、そして鼻につく、わかっていることをわかっている範囲で感動的にという)と思っていたら、わからないことも豪気に投げ出してあって小気味良かった。「医龍」は、こないだ「ブラックジャックによろしく」がやっぱりただだったのでぜんぶ読み、ついでに新のほうも(これはたしか買ったような気がする)最後まで読みとおしたばかりで、なんだか大学病院づいているのであった。これまで読んできたほかの医療漫画では医者は男で女は看護師だ。なんだかおかしいと思っていたら「医龍」にはちゃんと女がまともな医者役で出てきた。ハイヒールはいてスーツ着ておっぱいでかくて美人というところに限界あり。なんてことを書いてないで仕事仕事。年明けに「お年玉」で、と催促しながらOさんが説経節を待っている。でも漫画読んでてぜんぜんはかどっていない。これは平凡社のウエブ平凡にて好評連載中。http://webheibon.jp/sekkyoubushi/

料理納め

2013年12月27日(金)

Dと息子たち、Eと夫と娘と息子が来た。それにカノコの家族、SとそのBF。われわれ。で、五目ずしを作ったけれども、カノコとSとトメ以外、わからない味だ。この間からこのていねいに作る五目寿司を作るのが楽しい。蓮根と牛蒡と筍と蒟蒻と人参と高野豆腐と絹さやといっぱいの錦糸玉子。ほんとは鰻を混ぜたいが、P(ベジタリアン)のためにしないでおいた。
赤ん坊もちゃんと子どもらの群れに立ち混じり、とくにいちばん小さい5歳児にしきりにからんでいくのを、いつも騒がしいだけのやんちゃ坊主と思っていた5歳児が、実に辛抱強く相手してくれているのに感心した。今晩カノコ一家は帰るけれども、カノコは昨日日本食屋で、その前に食べていくといってさんまを選んでいた。おでんも作る。大根と卵はもうゆでてある。それで今年は料理納め、残り物を食いつくすまで料理はしない。

家族の日

2013年12月26日(木)

羊とキャベツと狼というとんち話というか、クイズがあるが、ほんとにあんな感じで、悩みながら、ベジタリアン用ラザーニャを完成した。Pがそもそもベジタリアンで肉も魚も食べず、Dはきのことなすとアスパラが嫌い、トメはピーマンが嫌い、あたしはチーズが嫌い。だから主原料はトマトソースとズッキーニとホワイトソースだ。上にモツァレラをのせて、別にパルメザンを好きな人(あたし以外はみんな好きだ)ように添えた。いろんな人がクリスマスの挨拶にぞくぞくとケーキやクッキーやミンスパイを焼いて持ってきてくれるのだった。うちでもトメがしゃかりきになってキャロットケーキだフランだとお菓子作りに励んでいるので、家じゅう甘いものだらけ。赤ん坊をかこんで、日本語組が日本語の子どもの歌をうたえば、英語組が負けじと英語の子どもを歌を歌い、赤ん坊はそのどっちにも反応して、おどってみんなを笑わしている。Sと並んで立っていて、Sの背が伸びているのに気づいた。170はあるなと思っていたが、170の男はこんなもんじゃない(前につきあったことがある)。178の男(Sの父親はそのくらい)に近いかもしれないがそれよりはやや小型なので、175とかかもしれない。魚住や河田の家みたいだなあ。もっと差があるように感じるのはこっちが縮んだ(むかし、よく母がいっていたように)せいかもしれない。カノコにはそこまでの威圧感というか背高感は感じないから、せいぜい170くらいのようだ。三人娘の中で一人だけ小さいトメには少しだけ抜かれた。ほんの1センチ。抜き返せないだろうが、たいした差ではない。
しかしこの風邪と不眠はどうにかなんないか。また2時に起きた。それきり眠れない。今日、Mのズンバがあるのにこれではとうてい行かれない。来年までだめかもしれない。

クリスマスデイ

2013年12月26日(木)

カノコたちが明け方の4時ごろ着くはずで、気になって2時半ごろ起きてきた。そして自分の部屋で漫画に読みふけっていた。で、なかなかつかないので、クリスマスの日は混んでるのかなーと思いながら、のどが渇いたので水をと思って台所にいくと、カノコたちの部屋のあかりが消えておる。のぞくともうみんないて、みんな寝ていた。とっくに着いて気がつかないうちに、みんな寝てると思ってそっと入ってきたらしい。しかたがないから、ニコといっしょに、カノコたちの犬を少しかまって、またもとの部屋に入れてあたしは寝た。もう6時近かった。朝になって、赤ん坊のなき声がして、あたしの横に寝ていたニコが勢いよくあたしを踏みあらして駆け下りていった。あたしも行きかけたが、まだ1時間しか寝ていなかったのでやめてベッドにもどり、赤ん坊も静かになった。1時間くらい寝てまた起きて、自分の部屋にいったら、カノコも起きだしてきた。道はがらがらで、クルーズコントロールというのを設定するほどで、いつもよりずっと早く着いたそうだ。赤ん坊は歩くようになっている。手を泳がせながら、すたすたと歩く。clockの下半分とballの上半分が言える。自分の名前の下半分も言える。いつもベビーシッターをしているトメによくなついている。それでSが悔しがっている。きのうよく寝たのに、またまた寝不足で、洟がすごくて鼻の周りがまっかに荒れている。

すっきり

2013年12月25日(水)

こっちはクリスマスイブだ。今日は昼前から夕方の5時まで眠っていたのである。ズンバもあったのに行かれなかった。よく寝てすっかりすっきりした。もっと寝る。寝てる間にSが来て、トメと手分けして、買い物をすませ、各方面にプレゼントを用意し、つつみ、犬どもを洗い、乾かしてくれた。まだかったるくて動きたくないので、冷凍飲茶を蒸して食べた。クリスマスにチキンを食べるという、日本にいたときはまあそんなものだと思っていた風習が、こうやって外に慣れてあらためて見ると、すごくおかしな風習に思える。明日はカノコたちが来るので大皿のラザーニャをつくる。明後日は五目寿司をつくる。

眠れない+風邪

2013年12月24日(火)

眠れるという薬を飲んで寝た。寝付きはいいのに眠りつづけられなくて、起きて本を読んでるうちにぱっきりと目が覚めてしまった。今はまっているのは「仏遺教経」だ。鳩摩羅什訳というところにぐっと惹かれた。あとベッドのわきにいつもあって、ベッドに入ってなんだか何も読みたくないときに、いつも読むのがトルストイの中村白葉の「人はなんで生きるか」だ。なんべん読んだかわからない。ちなみに旅行用かばん(肩から下げられるやつでコンピュータも入ればパスポートも入る)の中には柏木如亭の「訳注聯珠詩格」が入っていて、くりかえしくりかえし眺めている。とっくに読んじゃったような気がするが、いつまでも読みやめられない。2つ3つのしごとが重なって同時代の現代日本文学をいろいろと読まなくてはいけない責めを負わされている。なかなか取りかかれない上に、たまに勇気をふりしぼって読むと、生な感じがとても辛い。
ああ、そして今思い出した。へんな夢を見たのだった。詩人たちがいっぱいでてきた。北村太郎さんとか阿部岩男さんとかもっとたくさん。会ったことのない、写真だけで知ってるような詩人たちも。どこかで詩人の集会があってた(熊本弁)。でもそこのトイレが汚かった。そういう夢だ。ほんとはもっといろいろ覚えているが、書くほどのことはない。

風邪ひき

2013年12月24日(火)

頭がぴしぴしと痛いしなんとなくエナジーも低くて動きたくないし(これはめったにない)疲れと睡眠不足で死ぬかなと思っていたら、風邪だった。それで午後、A子さんとPeetsでしゃべってそのあといっしょにズンバにいくつもりだったけど、Peetsだけいって、ズンバはパスだ。よっぽどなんだね、とA子さんにいわれたが、ほんとによっぽどなんだ。帰ってきて、トメに頼んで、あさって用の食料品の買い物(つまりクリスマスの日にカノコたちが来る)を任せた。きょうは町じゅう、どうしちゃったのかというくらい、車が多くてどこにも駐車できない。買い物に入れば長蛇の列だ。そういうわれわれもプレゼントを買いに、アウトドア用品屋にいき、酒屋にもいった。クリスマスショッピング、例年はもう少しじたばたするのだが、今年はあたしが20日に帰ったということもあり、マジでなんにもしてない。酒屋でワインやビールを買いながら、つれあいのプレゼント用に恒例のスコッチを買おうとしたら、まだ2本もある(ベルリンに行く前に買っておいた)というから、それじゃプレゼントが何もないというと、じつはおれもおまえのものをまったく用意してないというので、今年はまあ、このように押し詰まっていることだし、あんたとあたしのことはあとでじっくり考えようじゃないかと提案したら、ほっとしたように、つれあいも同意したのであった。
台所でごはん作りながら(きのうの残り物とおとといの残り物)ぐたーっとしていたら、つれあいが、伝染らないといいけど、と言う。別の部屋に寝たほうがいいか、ときくと、いやそんなことはする必要はない、と言いつつ、一瞬マジで考えたようで、いや、もし伝染っているならもうとっくに伝染っているだろう、と言う。それでむかついて、つい口が出て、家族なんだから伝染ってあたりまえだ、そんなことは言うな、と吐き捨てるように言い捨ててやった。あたしの性格上やりたいことをやって食べたいものを食べ言いたいことを言って生きてると人には思われているけれども、実は、こういうときにこんなことをこんなふうに言うのははじめてだ。

カリフォルニアの生活

2013年12月24日(火)

カリフォルニアに帰ってきてもなんだか旅の空のよう。金曜日の夜に帰って土曜日のMのズンバはもう行った。Cのには行かなくて、日曜日は何もする気が(ズンバとかジムとか買い物とかということ)起こらず、半日パジャマのままでいた。家にはトメがいて、小汚く散らかっている。眠れているかというとそうでもない。あいかわらず寝つきはいいが、あいかわらずきちんと眠りとおすことができないで、へんな時間に起きている。ここは、ベルリンのあの下宿よりは隙間風はあり、室温も低いが、つれあいががんがん暖房つけているので、不快である。いっそ暖房の無い、洞窟のようなところに住みたいのかもしれない。あるいは暖房の無い、昔の日本の木造家屋みたいなところの方が性に合ってるのかもしれない。それで火鉢とか石油ストーブとか抱えて生きていきたいのかも。つれあいは、ベルリンに行く前は、おれは一人になるだのなんだの、生前の父みたいに、文句、不満をたれまくっていた。向こうにいる間も毎日Skypeをかけてきて、なつかしそうにしゃべり、切るときは口でちゅっとする愛嬌すらあったというのに、帰ってきてからというもの、まったく以前のまま、無視というか、空気というか。自分は年寄りだが、あたしはまだそこまで年じゃないし、空気になるにはまだ二十年早いっての(そもそも、基本的に西洋文明では夫婦は空気になっちゃいけないのだ)。などとこぼすとSが、じゃおかあさん何かしたいの、と聞くが、言われてみると、なんにもしたくなく、あたしはあたしでいたい、つまりほっとかれて仕事していればいいこの生活はいやじゃないのである。
さっきからルイが犬てんかんを起こしかけていて、しきりにもぞもぞしている。がくがく震えて、うろうろして、もぞもぞして、行動が落ち着かないし、何をしたいのかわからない。しかしそれでも発作はだいぶ減った。父と暮らしていたときは週に何遍も起こしていたのだ。

デンバー

2013年12月21日(土)

いま、デンバー。あっけなくベルリン生活は終わった。空港までIさんSさんが送ってきてくれた。R子さんとは最寄りのPodbielskialleeの駅で別れた。同じくらいの出発なのに、R子さんはShonefeld、あたしはTegelなのであった。ゆうべ、つれあいがSkypeかけてきたので、ちょっと友だちを紹介するからといって、R子さんに出てもらった。ビデオで顔がうつるのであった。R子さんと話して、つれあいの心の奥底にすこーーしだけある疑惑がはれたようだ、ひろみはほんとはベルリンでなくよそに行ってるとか、ほんとはベルリンで男と遊びまくっているとか。もっと住んでいたかった。ベルリンおもしろかった。どこへでも一人でちょろちょろ行けるのが楽しかった。友人知人がけっこうたくさんいるし、できたのであった。きのうはワークショップにY子さんもきてくれた。ゆっくり会ってと思ったら、Y子さん仕事でずっとマレーシアにいて会えなかったのである。いろんなことし残した。違う季節にもきてみたい。あたしが来るのはたいてい冬だ。何十年も前には緑のときにきたけど、忘れてしまった。こんど来たら車借りてポーランドにいってみたい。

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