中沢けい公式サイト 豆畑の友
ホーム プロフィール・著作リスト 中沢けいへの100の質問 中沢けいコラム「豆の葉」 お問い合わせ
中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

丘の上の花屋さん

2010年09月20日(月)

 丘の上の花屋さんの様子がおかしいなあと、覗いていたのは7月のはじめでした。最初は定休日でもないのにお店が閉まっていて「どうしたのだろう?」と不思議でした。そのうち、どんどん、花が枯れて行くのです。花屋さんのお店は小さくって、シャッターもないお店です。閉まっているときは、緑色のネットが張ってあるだけなので、お店の中をよく見ることができます。

 最初は切花が枯れ、それから苗物の元気がなくなり、観葉植物さえかさかさし始めた頃には、お店全体が雑然とした枯れ色に染まりました。「しばらく休業します」の張り紙が出たのは、そうした頃でした。張り紙が出て2、3日すると、枯れた花が片付けられていました。

 今年の夏の猛暑は、残っていた鉢物さえみんなダメになってしまいました。ネットの向こうのお店の中にお花はすっかりなくなって、がらんとしたまま8月が過ぎて行きました。前を通るたびにいったいどうなっちゃうんだろうと、心配になっていました。
 
 花屋さんの御主人が、お店で鋸を使っている姿を見たのは先週のことでした。ご主人に何かあったのかと心配していましたから、ちょっとほっとしました。最初の日は熱心に鋸を使っているので、そのまま通りすぎました。どうやらお店の模様替えをするようです。次の日に通りかかると、ちょうどこちらを向いた時だったのでちょっと会釈しました。事情を聞いていいのか、悪いのか、少し迷いましたが「どうかなさったのですか?」と聞いてみると、お母さんのお加減が悪かったとのことでした。今日、通りかかると、今度はきれいなワンピースを着た女の人が花屋さんのご主人と立ち話をしていました。きっとお店の前を通る人は「どうしちゃったのだろう」と気になっていたに違いないのです。

 買物に行った成増駅前の商店街で、お婆さんが二人で手をつないでシャッターに張られた張り紙を見ていました。シャッターの張り紙はひどく乱雑な張り方をされていて、いったい何の張り紙だろう?と不思議に思って近くに行ってみました。シャッターが下りていたのは日本振興銀行の支店でした。チェーン店の飲み屋さんやコンビニが並んでいる一画にそんな銀行が出来ているなんて初めて知りました。お婆さん二人は手をつないで張り紙を読んでいるのです。
 ひとりのお婆さんが、債権者説明会が開かれる会場の名前を読み上げて「なんだかこれもニセモノみたいな名前ねえ」とつぶやくと、もうひとりのお婆さんは「全部ニセモノなのかしら」と嘆息していました。
 張り紙は「支店閉鎖のお知らせ」「預金保護について」「債権者説明会の告知」など5枚ほど。こんな光景は映画でしか見たことがありませんでした。手をつないでいたお婆さんは、この銀行にお金を預けていたのかしら?小学生が手を繋いで初めて街に出てきたみたいな様子のお婆さんふたりでした。

 買物を終えて、再び花屋さんの前をとおりかかると、ご主人がお店の扉にニスを塗っていました。どうも、今度はお店に扉がつくようです。
「きれいになりますね」
 声をかけると
「明日からまた開きますから、どうぞ、よろしく」
 というお返事でした。また、お花がたくさん並んだ花屋さんに戻るのかと思うとちょっとうれしくなりました。それにしても成増にあったお豆腐屋さんとか、魚屋さん、八百屋さん、小間物屋さんなど、顔なじみになったご主人や奥さんのいたお店は、いつのまにか、見なくなってしまいました。お店の人たちはどうしているのでしょう。

↓前の日記 / 次の日記↑

   
談話室 リンク集「豆の茎」 メルマガ「豆蔵通信」 サイトマップ