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中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

ハニートラップ

2009年02月11日(水)

 ハニートラップは通常は男性に対して美女がしかける甘い罠ですが、私の場合は「甘味の罠」。心臓神経症の頃、かなりの鬱状態で、心臓神経症も鬱状態の延長でおきたのですけど、この「鬱」を乗り切るのに、大量の糖分を摂取しているんです。簡単に言えば甘いコーヒー、紅茶それにコーラを飲んで鬱を迎え撃っちゃったんです。甘味は気分を安定させて頭の働きをよくしますから。たぶん糖尿病と高脂血症はその後遺症みたい。お医者さんが聞いたらなんというか解りませんが。

 話は戻りますが、一般病棟に移ったときから、内分泌科の先生たちの治療も始まっていたわけです。火曜日は眼科を受診。「白内障」と聞いたときは「しめた!」と思いました。網膜症と違って白内障なら手術で症状が改善します。もっとも、網膜症があるかどうかはまだ解らないのですけど。で、同じ日に保健委員先生が糖尿病の病状説明。
 
 ご飯は糖尿病用のメニュー。少なかったご飯の量が増えたのは、木曜日でした。ご飯を増やしましょうと言われて楽しみにしていたら、おかずはふえずにご飯の量が2倍になりました。その昔、糖尿病にかかるとご飯をひかえろと言われたのですけど、今はたんぱく質などを控えてかわりにご飯を食べるようにと指導しているみたいです。昔のお医者さんはこんなに豊富に食べ物が出回る時代がくるとは思わなかったのでしょう。

 金曜日になると「退院は火曜日に糖尿病教室の授業を2つ受けてからにして下さい」と言われました。だから退院は翌週の水曜日ということになりました。糖尿病の教育入院のコースに割り込ませてもらったみたいです。血糖値の測定とインシュリン注射はご飯を食べ始めたときから、少しづつ覚えるようにしてました。

 病棟実習生君がハンマーと音叉を持って病室に現われたの木曜日の午後。反射神経の検査と手足の神経の検査をさせて下さいということで、応じました。
 「どうでしょう」と尋ねると「まだ二人の患者さんにしか試していないのでよく解りません」というお返事でした。イング先生が来て同じ検査をしたのが金曜日の午後でした。この日は息子が彼女を連れてやってきたので、彼が帰る時、病院のエントランスまで見送りに行きました。病院の入り口のあるレストランは「山の上ホテル」が出しているレストランでした。「へぇ、山の上ホテルなんだ」と3人で覗きこんでしましました。息子が「ご飯を食べて行こうかな」というので「それでもいいよ」と言ったのですが、水道橋のシビックホールでのリハーサルに間に合わないかもしれないと、ホルンを背中に背負ってエレベーターを降りてゆきました。

 翌日の土曜日、夕方、娘が来たので、やはり帰りにエントランスまで見送り。娘はレストランでサンドイッチを、私はお砂糖を入れないストレートティを飲みました。日曜日にはお見舞いにもらったお花がくたびれてきたので、片付けました。病院の入り口の日比谷花壇を覗いたらいんげん豆の花を売っていたので、これを買ってきて活けておいたら、月曜日には花が散って、小さな豆がなりました。熊本から大きな花かごが届いたのは月曜日。菊の花が良い匂いをたてていました。看護師さんが感心してみていました。

 二度目の月曜日はいちばん閑な日になりそうだと思っていたら、午後になって予定になかった心臓リハビリの呼び出しがかかり、例によってストレッチと自転車漕ぎを20分。ついてにウォーキングマシーンで20分のお散歩もしました。病室に戻ってくると病棟実習生君が現われて「もう一度、検査させて下さい」と病室にやってきました。同じ検査を再度試みた病棟実習生君は、首をかしげています。
「さしつかえない範囲でいいですから、先生の検査と君の検査はどの程度、結果が違うのか教えて下さい」
 と尋ねると
「先生の検査だと足には少し感覚の鈍磨があるのですが、僕の検査だと正常なんです」
 というお答えでした。
 インゲ先生の叩く音叉はたとえて言えば遠くで聞く除夜の鐘ですが、病棟実習生君の叩く音叉は大げさに言えば鐘の中に頭を突っ込んでいるような感じでした。叩いたとたんに部屋の空気がび〜んと響くのです。
 そのことを告げると
「でも、思いっきり叩いていいと教わったのですけど」
 と腑に落ちない顔でした。
 そうねえ。思いっきり叩いていいと教えてもらったのがどんなシチエーションかにもよるなあと思ったものです。慣れない道具をおそるおそる使っている様子を見た先生が「思いっきり叩いていいよ」というのと、20代前半の青年が力任せに叩くのでは、まったく力加減が違うわけで。

 医学生というのは教室で勉強して試験を受けたりレポートを書くほかに、手の技を覚えたり、目を利かせたり、患者さんとの応対にも慣れなきゃならないので、なかなかたいへんです。

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