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中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

教授回診

2009年02月07日(土)

 日曜日にいささか正気付いたときから、慎重に運んできた新聞連載原稿をいざ書き出したのは、水曜日の朝ごはんが終わってからでした。

 最初はおそるおそるパソコンのキーを叩いていましたが、だんだん調子が出来て、これはいけるなあと確信した時でした。マカロン先生が部屋に入ってきて「はっ」とした顔で
「キョウジュカイシンデス」
と言ったのでした。ちょうど、調子が出てきたときだったのでこれが息子だったら
「バカヤロー、キョウジュガコワクテゲンコウガカケルカ」
と怒鳴っていたに違いありません。が、そこはマカロン先生が担当医だとは認識できているので、しばし、きょとんとしていました。原稿に集中していると何か言われても反応できないのは珍しいことではありません。
 するとマカロン先生は羽ばたく鳥のように両腕を上下させて
「キョウジュカイシンデス」
とまたおっしゃいました。

 私の頭に浮かんだのはいささか旧式ですが、図書館のインデックスカード。書名の表示は「文学部唯野教授」で、このカードがぱらぱらとめくれて「白い虚塔」の表示。とたんに耳の穴の中に散らばっていた「キョウジュカイシン」の文字が「教授回診」に凝固。そうか、教授回診なのかとばかり、大急ぎでパソコンのデータをセーブしてタオルケットを被りました。
 白衣を着た先生が病室に現われる寸前でした。やれやれ、これで原稿を取りあげられたら泣くに泣けないところだったなあと、胸をなぜ下ろしました。

 マカロン先生が病状を説明。白衣の先生は
「ちょっと足首を見せて下さい」
と言います。足首を探って
「やはり、少し沈着があるみたいでんね」
 と言うそばで、マカロン先生はすかさず足首のレントゲン写真を封筒の中から出して見せました。万事てきぱきとしています。
「ああ。そうね」
 と先生。これで教授回診は終わりでした。付き従っている先生たちも含めてちょっと張り詰めた空気でした。

 さて、教授回診もやりすごして、原稿。原稿。と朴さんが来てくれるまでにどうやら原稿を書き上げることができました。で、今度はその原稿をうまくUSBに落とすことができないのです。研究室でネットにつながずに使ったていたノートブックだったので、ソフトのバージョンアップをしていなかったのです。
 朴さんと協議の結果、ノートブックパソコンごと持ち帰ってもらって画面を見ながら、別のパソコンでデータを改めて打ってもらうことにしました。
 それで、以後、そんなメンドクサイことをするくらいなら最初から手書きの原稿のほうが、コピーもできるしファックスもできるということで手書きにすることにしました。息子にモンブランのインクを丸善まで買いに入ってもらいました。

 夕方。日本文学科主任の黒田先生が来てくれました。
「先生、教授って偉いんですねえ」
と言ったら
「まあ、何をおしゃるの?」
 と呆れていました。中国文学がご専門の女の先生です。で、黒田先生と卒業面接や後期授業の採点とか入試のこととか、どうしたものだろうと協議。

 金曜日には内分泌科の先生の教授回診がありました。
内分泌科の先生はなんとなくのんびりした雰囲気。担当医の先生とのやり取りも、ちょっとピンボケなところもありました。先生のお人柄とか診療科目でずいぶん雰囲気が違うものです。あの病棟実習生君も先生のそばでお話を聞いていました。

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