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中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

大学病院

2009年02月06日(金)

 高血圧、高脂血症それに糖尿病。とカテーテルを使った手術の時に、慢性病をたくさん発見してもらいました。で、一般病棟に移ると、それまでの循環器科の先生のほかに内分泌科の先生が病室にかわるがわる現われるようになりました。正直言って、一般病棟に移った翌日の火曜日あたりまで、あまりにたくさんのお医者さんが現われるので、誰が誰だか、よく解ってなかったのです。

 手術の時、息子に電話をして説明をしてくれたのは、ちょっとエネルギッシュな感じがする男性のお医者さんでした。「痛いですか?」「痛いような気がします」とカテーテルを抜くときの問答をしたのは、きれいに切りそろえられた顎鬚のある先生でした。
 手術の時にサインした同意書に「この手術にかかわる医師」と言う欄があったのを思い出して、そこにサインしている先生の数を数えてみました。7人の先生がサインしていました。

 循環器科の担当医の先生の聴診器には、マカロンやチョコレート、ケーキなどの色がきれいなお菓子のストラップがついていました。
「ははん、この先生は糖尿を治療する内分泌科の先生ではないんだな」
 と、気づいたときに遡って、手術中にいた先生で、手術後の説明をしてくれたものこの先生だったと、ようやくお顔をお名前が一致しました。仮にマカロン先生と呼んでおくことにします。
 
 マカロン先生がちゃんと認識できるようになると、内分泌科の先生は3人の先生が、代わる代わる現われることも解ってきました。お一人はにこにこした男の先生。法政の地理学科の吉田先生にどこか感じが似ていたので、ヨシダセンセということにしておきました。お名前を覚えなくてごめんなさい。それから色が白くばら色の頬に茶色の目をした女の先生。「人魚姫」の絵本で出てきた女の子に似ていたので、北欧風の名前にしてインゲ先生ということにしました。もう一人は、中学校か高校の生徒だったら保健委員として絶大な信頼を集めそうな感じの女性の先生で、保健委員先生。こんなふうに特徴で見分けがつくようになしました。

 保健委員先生が眉のきりっとした青年を連れてきました。
「学部の4年生ですが、病棟実習中です。お加減の悪いときやご都合の悪いときは、お断りいただいてかまわないのですが、お話の相手をして下さい」
 と紹介されて大学病院なのだなと思いました。
 
 朝ごはんの時にその日にする検査や治療を記したメモがきます。火曜日は「心電図、レントゲン、眼科」という具合です。眼科は左目が曇っているので診療してもらうことにしました。眼鏡をかけたまま、おうどんを食べたような感じに曇っているのです。眼科で見てもらったら白内障にかかっているとのことでした。糖尿病の影響が出ているかどうかは、解らないということです。
 
 こういう治療や検査に出るときは、車椅子に乗せてもらって病院内を移動していました。で、午前中は車椅子で点滴のスタンドを持って移動。車椅子を押してくれる看護師さんとうまく息を合わせると、かなりの速度で移動することができました。レントゲンはてっきり胸を撮影するのだと思っていたら「足を出してください」といわれて、はて、なんで足なんだろうと不思議に思いながら撮影。午後になってマカロン先生が来たときに理由を聞いてみると、足のアキレス腱にコロステロールが沈着することが多いのだそうです。

 点滴を止めてもらってのは火曜日の午後でした。あと残っているのは胸につけた小型の発信機だけ。心臓の状態をモニターしている機械で、大きさは昔のトランジスターラジオくらいです。

 午後の面会時間には、編集者の福江さん、新聞連載の挿絵を描いてくださっている宮本恭彦さんとお兄さんの宮本健美さんご夫妻が来て下さいました。助手の深野さんは大学に回ってノートブックパソコンを持ってきてくれました。それから、弟のお嫁さんの裕子さんも来てくれたので、火曜日の午後はけっこう忙しく過ぎてゆきました。それから息子がやって来ました。

 息子と何気ない雑談をしていて、手術の時に不安を取り除く薬を投薬されていることを知ったのです。「なに、なに、なに」と驚きました。どうりで、いやに考えが前向きだったわけが解った気がしました。きっと食べ物はあれこれ制限されるから、これからは出汁の研究をして、乾物とお野菜の料理を覚えようとか、体重を減らせと言われるに違いないから、気に入った服を買ってそれを着られるようにしとうとか、さしあたり、黄色いシャツが着たいなあとか、そんなことを考えていたのです。それから、毎日体重が1キロづつ減っていたので、これがうれしくって仕方がない。もうはけないと思っていたジーンズがはけるぞ!と喜んだり。どうもお薬が作用していたみたいです。

 精神に作用する薬を飲んで原稿を書くのは前にも書いたとおり、うまく自分の感覚を捕まえきれないということが起こります。さらに、その薬の効き目が切れかけているかもしれないというのも、問題のひとつです。土曜日の投薬が、火曜日まで続いているのか、いないのか。疑問でした。が、考えてもしょうがない。まずはやってみようと、火曜日の夕食後にテーブルにパソコンや資料をそろえました。それで、すぐに原稿にとりかかったわけではありません。

 あまりばたばたと原稿にとりかかると失敗するだけなく、書き直す体力さえなくなってしまうなんてことになりかねないので、その晩はすぐに寝ました。うつらうつらしながら、ああでもない、こうでもないと、どういう原稿を書くかを考えていました。そうするうちに「これでいける」という手ごたえがあって、ちょっと興奮しました。すると病室の外に看護師さんの足音がして、扉が開きました。ポータブルの発信機の末端が胸にちゃんと取り付けられているのか見せて下さいと言われました。ナースステーションでデータがおかしな具合を示したみたいでした。すみません。人騒がせでした。

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