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中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

日大院生フィールドワーク

2006年08月29日(火)

 またまた例によって日大院生のフィールドワークです。毎年、夏休みはものすごいお天気でふうふう言ってしまうのですが、今年は天の助け。涼しくてお散歩びよりでした。もう何年か続いているので、誰がいた時にどこへ行ったか忘れてしまってます。もっとも今年は昨年、台風で流れた時のコースなので余計にわけわからんってことになりました。

 まず、山の上ホテルロビー集合。例によって例の如しでのんびり出発。この段階で、土地の高低差が解らないというので、ニコライ堂に行く予定を変更して山の上ホテルの裏の錦華公園にでました。崖になっているのです。この崖はJRの線路の方向へ続いています。で、これがもとの神田山の名残。途中でカトリック神田教会を見学したかったのですが、月曜日でお堂は閉まってました。神田教会からJRの線路際に出て、水道橋へ。水道橋からJRに乗り、電車の車内から土地の高低差と川筋の蛇行に注意を払い、御茶ノ水で中央線に乗り換え、東京駅にでました。東京駅ではまっすぐに皇居のほうを見て神田山の切り崩して埋めた日比谷入江の見当をつけました。

 それから丸の内中通りを有楽町まで歩き、有楽町のガードをくぐって晴海通りへ。晴海通りをまっすぐに築地本願寺まで歩く予定がなぜか「ライオン」でビールを飲もうと言い出した学生がいて、銀座四丁目で、銀座通りを新橋方向へ。「ライオン」でビールを一杯飲んでいるうちに、ここまで来たら、新橋に出て浜離宮に行ったほうが早いぞってなことになって、築地本願寺はパス。

 新橋で、旧新橋駅の遺構を見て、日本テレビで岡本太郎の壁画を見る。でカレッタ汐留に昇って、隅田川河口と房総半島、三浦半島などを見渡しから浜離宮へ。
 浜離宮の汐入の池に浮かんだ建物と、その背後の高層ビル群は近頃は絵葉書などにも出てくる景色になっていますが、これを皆で見て「へえ」と記念撮影。「でも、高層ビルと江戸時代の離宮の間の景色ってみんなきえちゃってますよねえ」という感想にもっともとうなずきながら、水上バスの乗り場へ。

 今年は勝鬨橋からずっと続く隅田川の橋をしっかり見物して浅草へ。まあ、そういうコースでした。風水では北に玄武、東に青龍、南に朱雀、西に白狐それぞれを配置して都市を作るのだそうです。玄武の守る北は山があり、青龍の守る東は川が流れ、朱雀が位置する南は池もしくは海、西の白狐は道があるという地形が都市つくりには向いているのだそうです。江戸の場合は玄武は富士。青龍は隅田川。朱雀は東京湾。白狐は東海道になるのだそうです。で、まあ、その都市構造の中核になったいる地形に注意を払いながら、歩くという遠足でした。

 アテネフランセなどがある御茶ノ水と水道橋の間の崖は学生時代からお馴染みの場所ですが、これが400年も前に神田山を切り崩した跡かと思うと「なるほどなあ」ってなんだか納得しました。東京の地図って、神田も駿河台も日比谷も全部、市街地として表示されていて土地の高低差や傾斜はほとんど描かれてませんが、注意して歩くと400年前の地形ってちゃんと残っているのですね。建築物が高層化する前に描かれた文学作品にはこうした高低差は傾斜(坂道の描写や高台からの眺め、崖下の住み心地)などがちゃんと描かれています。実際に地形に注意して歩くと、そういう描かれているものが実感的に読めてくるところがこのフィールド・ワークの面白さです。

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