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中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

ぶつぶつ

2006年08月18日(金)

 ネットの無責任な書き込みにいちいち反応していたらきりがないのは重々承知ですが、昨日、首相の靖国参拝関係の掲示板を見ていたら「靖国には、女に口を出させるな」なんて書いているばか者がいました。釣りかもしれませんけど思わず「なんたる無知」と憮然としてしまいました。たぶん30代か20代の人でしょう。あるいは10代かな。

 40代だったら、たいていは靖国の母とか靖国の妻なんていう言葉を知っているはずです。そうそう島倉千代子の「東京だよ、おっかさん」もありましたけれど、ま、あれはちょっと違うか。戦争未亡人と戦争で頼りの息子を失った母親がいなかったら、靖国神社はアメリカ占領時代になくなっていたに違いないのです。私はそう思います。

 友人が新潮8月号に書いた短編小説「ブルーバード」をすごく褒めてくれました。で、褒めてくれたのに文句を言うのは気がひけるけれども、その時「やぱっり30年代ブーム」って意識しているでしょう?と言われて、意地になって「そんなことない」って否定してしまいました。人が自分が生きてきた時代について語りたいと思うのは当たり前のことで、かつ大事なことなのにブームなんて言うのが気に入らなかったのです。

 30年くらいの時間は、生きている人が過去を振り返るにはちょうど良い時間なのです。40年たつと往時茫々という具合になってしまいます。それで昭和30年代を今振り返っているのは、少し遅いのです。というよりももしそういうものを「昭和30年代ブーム」と言うのなら、実はもう30年前の昭和50年代後半にそれがありました。「じゃりん子チエ」とか「三丁目の夕日」なんて漫画が週刊アクションに連載されていた頃です。

 その少し前には戦後を振り返るということが盛んにされた時期があって、この場合の戦後は昭和20年代でした。サンフランシスコ講和条約くらいまでです。写真集などが書店に出回っていて、売れ行きもよく、私は高校生でお金がなかったので目を皿のようにして立ち読みしました。学校の日本史は明治時代で止まっていたので、珍しかったのです。

 だから今の「30年代ブーム」というのは、二度目なのです。で、これが二度目であるのには理由があると思います。一回目は古き良き時代を懐かしむためのブーム。取り戻した平和を愛しむような一回目です。敗戦後の興廃のあとに来たものを見る視線がそのにあったのでしょう。今は、現在から30年代の持っていた意味を問い直すようなブームだと見ています。同じ時代が二度回顧されるというのは、なかなか珍しい現象でしょう。そこには特異な時間間隔が動いています。

 前述の靖国に関する無知蒙昧な発言などはこういうこうした特異な時間間隔が作りだした無知であるように思えます。蒙昧のほうはご本人の責任でしょうけれども。

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