中沢けい公式サイト 豆畑の友
ホーム プロフィール・著作リスト 中沢けいへの100の質問 中沢けいコラム「豆の葉」 お問い合わせ
中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

丘の上の松の木

2006年07月25日(火)

 曇り空、霧雨、曇り空、雨、雨、雨、大雨。毎日、重ったるい曇り空が続いています。この雨降り続きのお天気の中で、家の向かいの丘の上で、なにやら工事が始まりました。昔は畑だった丘です。今の家に住み始めた頃、丘の上の畑に二宮金次郎が、あの薪を背負って本を読んでいる金次郎さんがぽつんとたっているのを見つけました。きくところによると、その畑はもともと小学校の校地だったそうです。

 畑はしばらくすると駐車場になりました。が、畑を取り囲む傾斜地は雑木林のままでした。雑木林の中に一本の赤松が幹を少しだけくねらせて立っていました。夏は緑に覆われて目立ちませんが、雑木林の木々が葉を落とす冬になると、暖かそうな幹の色と、常盤木と呼ばれるに相応しい緑の濃い色が目立ちました。
 私はこの松の木が好きでした。嫌なことがあった時にはただばんやりとこの松の木を眺めていると、気が落着いてきました。その大好きな松の木も霧雨の中で働く黄色い重機に切り倒されてしまいました。雑木林の樹木を伐採して、林の大きさを斜面の半分ほどにしている様子です。切り倒されなかった木の向こうに、赤松らしい幹が横たわっているのがちらりと見えました。
 見に行ってみようかとも思いましたが、なんだかそれも切なくなりそうで、遠く響いてくる工事の音だけ黙って聞いています。

 ここからは聞いた話になりますが、私のすむ集合住宅は谷底にたっています。いや、谷底というよりは河原にたっているといったほうがいい場所です。真ん中には川岸をコンクリートで固められた川が流れています。この川は昔は武蔵野を流れる野川のひとつだったそうです。野川というのは、ふだんは小さな流れなのですが、ひとたび雨が降ると河原いっぱいに流れ出す川のことをそういうのだそうです。ですから、広い河原があります。私の家はその河原に建てられています。緑の生い茂った河原に水があふれて流れる光景はさぞ見事だったろうと、聞いただけの話を想像してみることがあります。清らかな水には川魚もたくさん住んでいたそうです。

 松の木がなくなって、というよりも、松の木がいなくなって、さびしくなりました。もう、そろそろ、この昔は野川の流れる河原だった土地を離れて、どこかほかのところに行くほうがいい時期が来ているのかな、と小雨にもかかわらず働き続ける黄色い重機を見ながら考えこんでしまいました。

↓前の日記 / 次の日記↑

   
談話室 リンク集「豆の茎」 メルマガ「豆蔵通信」 サイトマップ