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中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

なりまさる

2005年06月15日(水)

 大学の研究室の扉を開けたまま、夜の授業が始まる前に、生協で買ってきたパンを食べてました。すると廊下ととことこと横切ったスーツ姿の男性がいました。「誰かのところに来たお客さんだなあ」と見送りながら、ずいぶん立派なスーツの着方をしているなと感心してました。扉の前を通り過ぎたかと思うと、すぐにその男性がとことこと引き返してきました。

 数年前に卒業したK君でした。確か高校の先生をしているはずです。大学にいたときよりもずっと自信の重みみたいなものが感じられる顔をしてました。にっこりしたK君の顔を見て
「まあ、ずいぶん立派になって」
 なぜか私はパンを食べながらなのも忘れて、そう言ってしまいました。こんなにスーツが似合うようになるとは想像もしてませんでした。

 N君はなにを思ったか5月の末からずっとスーツを着て学校に登校しています。就職活動かなと思ったのですが、本人はまったく就職する気はないでそうです。実際、就職活動もしてません。でも、なんだかスーツの気分なのだそうです。イメチチェン。そう言っています。スーツの方向にイメチェンするような自信が付いたみたいです。

 M君は相変わらずのんびりやってますって言うのですが、なんとなく影のようなものが横顔に浮かぶようになりました。それが、詰まらない自信家の曇りない表情よりもよっぽど人としてのぬくもりを感じさせるところがあります。何があったのか、聞き出したいような気がするのですが、まあ、そう無闇に話したりはしないでしょう。秘密が出来た人の顔です。

 古典語に「なりまさる」というのがあります。源氏物語などにはよく出てくるのです。成長して立派になったと現代語に訳すしと、とっても詰まらないのです。M君の影や、N君の本人にしか根拠がわからない自信や、K君の昔と変わらない微笑がその「なりまさる」という言葉の意味をよく体現しているようです。

 それにしてもみんな大学をを卒業するとどんどん「なりまさ」って世の中の真ん中のほうに押し出して行く勇気がついてゆくようです。

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