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中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

二人で卒業祝い(昨日の続き)

2007年02月05日(月)

 タクシーの運転手さんに
「良い匂いですね」
 と言われたマッチの匂いは煙草を吸うときの前奏曲みたいな匂いなのですが、そう言えばマッチの匂いをしばらく嗅いでいませんでした。なにげなく擦ったマッチの匂いに私はさびしさを嗅いでいました。

 マッチは池袋東口の服部珈琲舎でもらったものでした。日芸のA君と卒業祝いをしました。A君は昨年、卒業するはずだったのですが、一年遅れの卒業制作提出になりました。私の日芸でのゼミは昨年限りでお終いのはずでしたが、A君がいたので、一年だけ延長。これでちょうど10年間、日芸にいたことになりますが、今年限りで日芸を失礼するお約束になっていたので、A君と一緒に私も卒業ということになりました。午前中にA君ひとりだけの卒業制作の面接を済ませて午後はほかの用事があったので、A君と一緒に江古田から池袋に出て、では二人で卒業祝いをしましょうということで服部珈琲舎に入ったのです。

 今の大学生はあまりコーヒーを飲みませんし、もし飲んでもドトールやスターバックスなどを利用することが多いようです。なかにはコーヒーやビールは「苦いから嫌だ」という人もいます。ある時、ゼミ生に教えてもらったのですが、ビールの苦味が旨くなったのは何歳頃からか? というアンケートがあって、それによると25歳というのが一番、回答の多い年齢だったそうです。つまり、大学生はまだ苦味を楽しむには早すぎるということでしょうか? 果たしてA君が苦味を楽しめたかどうかわかりませんが、ともかくコーヒーで卒業祝い(いや、そのまえに鰻やで、日本酒の御燗を一合飲んでいましたが)で、会計の時にレジわきにきれいに並べられていたマッチをひと箱いただいてきたわけでした。

マッチを擦る

2007年02月04日(日)

 まだ終電前だというのに、池袋のタクシー乗り場が混雑していたのは、東武東上線が不通になっていたためらしいのですが、その混雑するタクシー乗り場で、一人の男が車の前に立ちはだかって「運転手は窓を開けろ」と叫んでいました。仕立てのよさそうな上着の下から真っ白なワイシャツが覗いていましたが、ネクタイはポケットに突っ込んでいました。30代半ばというところでしょうか。男が前に立ちはだかっているので、タクシーは進むことが出来ません。乗り場の行列はだんだん長くなるばかりです。

 しばらくすると警察官が三人ほどやって来て、男を歩道の方へ連れてきました。「あんたたち、ちゃんと税金払っているんでしょ。あんたも、あんたも、それにあなたもさあ、ちゃんとおまわりさんだって税金払っているんでしょう」と男は警官に問いかけています。でも、警官に手を出そうとはしません。タクシー待ちの行列から何か声をかけた人がいた様子で、警官は行列に向かって「あおらないでくださいね」と一言、穏やかに注意。で、警官のうちの一人がそっと男のそばを離れました。近くのデパートの軒下から男の様子をしばらくうかがっていました。この警官がデパートの軒下にたたずんでいるうちに、あとの二人も少しずつ男から遠ざかって、暗い街の中に消えて行きました。あとに残った男は、まだ叫んでいます。
「彼もれっきとした第三秘書なんだ。ちゃんとした第三秘書だよ。解るでしょ。第三秘書だ」
 そうひとりで大声を上げていました。

 かなり酔っ払っているのですが、なんとなくその声の上げ方から、街頭演説の経験がありそうな気がしました。街頭で不特定多数の人を相手に声を出す時には、独特の声の張り上げ方があるのです。で、かなり酔っ払っていて、何か大声で言いたいことがあるのに、どこかで理性がちゃんと鍵を掛けていて、大事なことは言わないままでいるような、そんな管の巻き方でした。いったいどんな秘密があるのでしょう。なんだか気になる酔っ払いでした。

 男がタクシー待ちのお客の行列に向かってしきりに叫んでいるうちに、ようやく私がタクシーに乗り込む順番が来ました。バックシートに座ってタクシーが走り出してから、煙草を吸うためにマッチを擦りました。
「お客さん、マッチをお使いなんですね」
 運転手さんにそう言われました。
「マッチの匂いってなかなかいいものですね」
 とも言われました。それから喫茶店でマッチをもらうことが出来た頃のことを話しました。

すずかけ 松の木 柿の木

2007年01月29日(月)

 なぜか、ああ、ここの一本の木が生えていたなあとよく覚えている木があります。一本目はすずかけの木。川越街道の旧道ににょきっと一本だけ生えていました。なんか生え方が唐突なんです。木の前を通るたびに退屈そうに生えているなあって思いました。切り倒されてマンションが建ちました。

 柿の木は、川越街道の新道のほうにあって、梅雨の季節になるとたくさん青い柿の実が落ちていました。柿の木の枝の下をくぐって煙草を買いに行くというのが、いつもの習慣でした。月夜の晩などは妙にさわさわと何か言っているような気がしました。切り倒されてコンビニになりました。そのコンビニも今は閉店しています。コンビニが閉店してからコピーが不自由になったのですが、パソコンで使うプリンターを買いにいったら、なんとA4サイズまでコピーできる機能付きのプリンターが3万円で買えてしまいました。

 松の木が生えていたのは、家の向かい側の崖の斜面でした。この松の木が夏の間はそれほど目立ちませんが冬になると青々としています。やや、うつ状態の頃、この松の木を眺めているとなんだか気分がよくなりました。ともだちみたいな松の木です。去年の夏に切り倒されました。今はマンションの建築工事が始まっています。ともだちがいなくなっちゃったので、引越しをしようかなって、時々、思ってます。松の木のあとに立つマンションに引っ越そうとは思いませんけど。

 木の床をがたがた踏み鳴らすような喫茶店がだんだん減っちゃったのを、木の姿を思い出していたらついでに思い出しました。お前は歩き方がうるさいってよく言われたものでした。

冬の土手

2007年01月26日(金)

 法政大学の大学院から市ヶ谷の土手を見ていたら、暖かそうな陽があたっていて、すごくきれいでした。土手の木はみんな葉を散らしていて、冬枯れの茶色い草の色が、なんと言っていいのか「ぐっすり休んでいる」って感じで陽を浴びていました。

 で、我が家に帰ったら、なんと灯油を注文するのを忘れていたから、今夜はエアコンの暖房だけです。ちょっと寒いなあ。日程が詰まっていると、ばかばかしい失敗をするもので、火の消えたストーブが恨めしく見えます。

ああ、寒い。

2007年01月23日(火)

 机の前に座って仕事をしていると足元が冷えてきます。ああ、寒い。寒いとなんだかうれしいし、ちょっと安心できます。気味が悪くなるくらい暖冬で、このままでは済まないぞ、何か起きるぞ、大地震かな? 大津波かな? それとも富士山の噴火かしら?なんて、半分冗談で、半分は真顔で言いたくなるようなお天気でした。

 昆布とベーコンで御出汁をとった野菜のスープに凝っています。ベーコンはフィレを使うよりも固まりを角切りにしたほうがおいしいみたい。入れるお野菜は根菜が中心です。れんこん、人参、山芋、大根、蕪。冬は根菜がおいしい季節ですから。で、そこにちょっと銀杏なんかも入れてやるの。でも、今年の銀杏はどれもこれも小粒です。きっと秋の陽気がおかしかったから銀杏も太ることができなかったのでしょう。

 昆布とベーコンで出汁をとるのって、もともとは煮干を買い忘れたから、しょうがなくってやってみたんだけなんですけどこれがけっこうおいしかったのでした。

今宵 初雪か?

2007年01月20日(土)

 横浜と千葉で初雪が降ったそうです。どうも関東地方の南側で降っているようですから、これは太平洋沿岸を進む低気圧の雪でしょう。初雪って言っても、太平洋沿岸を進む雪では春の雪ですね。

 ソウルでは初雪の日には、アポイントなしで恋人を訪ねてもいいそうです。古くからの習慣なのか、それとも近年できた習慣なのかは聞き忘れましたが、どうも後者のような気がします。ロマンテックだけれども、恋人が二人以上ある人にとってはかなり戦々恐々、ロマンテックよりもスリリングな習慣ですね(笑)

 「冬眠をしないくま」というニュースをネットでみつけました。くまの不眠症なんて、きっと夏になったら寝不足で不機嫌なくまが山の中をうろうろしているにちがいありません。東京も今日は少し寒かったのですが、空の色は春のぼんやりなごやかな青の日が多いです。いったい冬はどこへ行ってしまったのでしょうか?

 久しぶりにNHKのブックレビューに出演しました。児玉清さんの司会。小室等さん、山崎哲さんがご一緒でした。小室さんとはNHKの教育テレビで中原中也の番組でご一緒していらいです。山崎哲さんとは、初対面。と言ってもそんな気がしませんでしたが。明日(21日)の放送です。

憎しみについて

2007年01月14日(日)

 そういえば、憎しみについて、ってあんまり話す機会がないなあってな話を大学生としました。話題はばらばら殺人事件だったんですけど。あきらかに「憎しみ」の感情が働いていて、鼓してもまだおさまらないって感じのする殺人事件が続いたから。

 で、その時にちょっと思ったのですが、こういう話題って、なぜか今の学生は教員の私と1対1でしゃべりたがる傾向があるような気がするのです。気のせいでしょうか? ふだんの会話を聞いていると、あんまり本心を出して話していないようです。お互いを傷つけないように上手に話題を明るく軽くしているなあと感心します。でも、憎しみについては、真面目に話したいなあと思うことがあるようです。話を上滑りさせないようにして、話してみたいようでした。

 上っ調子に軽く滑る会話を楽しんでいるそのしたに、憎しみがぶつぶつたぎっているような、そんなイメージが頭に浮かびました。憎しみも人間にとっては貴重な感情でしょうから、それを話せないとなるとそれはそれで不自由でしょう。

万年筆

2007年01月13日(土)

 銀座のイトウ屋で久しぶりに万年筆を見ました。増えていたのは高級シャープペンシルと高級ボールペンでした。それから20万円から30万円といったものすごく細工に凝った万年筆の陳列も呆れるほど増えていました。売り場は万年筆がある種の必需品だった時代よりも広くなっているくらいです。が、ものを書くための道具というよりも「装身具」もしくは「記念品」という感じで、なんだか宝石屋さんにでもいるような錯覚を起こしそうでした。

 万年筆はどうやら単なる筆記具から、装飾品にかわりつつあるようです。が、かわいそうなのは原稿用紙。こちらは種類もどんどん縮小。売り場の縮小。だんだん過去の遺物になりつつあるように見えます。そのうちに紙を選んで別注で刷らせるしかないなんて時代がくるかもしれません。20×20の桝目に文字を入れて行くということって、かなり意味のある作業なのですが、それも原稿用紙と一緒に等閑視されているみたいです。

 万年筆売り場でこころ魅かれるのは、どうしてもウォーターマンというフランスのメーカーです。最初に自分で買ったのが3000円の銀色の鍍金をしたウォーターマンだったという理由以外には、それに眼を引かれる理由はないような気がしますが、あれこれ見ているうちにやっぱりウォータマンがいいやという気になってきます。万年筆全盛時代の復刻を得意にしているメーカーもあるのですが、ウォーターマンはまだ実用品としての万年筆にニューモデルを作っているところがフランスらしい感じがします。実用品のニューモデルを選びました。それから、3000円の万年筆を買った頃には、絶対に欲しいという気も起きなかっただろうという値段の銀色の万年筆にもこころ魅かれました。軸を洋銀で作ってある万年筆です。あれだったら、使っているうちに軸が磨り減って真鍮色の地が見えてくるなんてことはなさそうだなと、眺めていました。3000円の万年筆は鍍金がはがれて真鍮色の軸が見えてきたのです。

人間の記憶っておもしろいね

2007年01月08日(月)

 うちの子どもが小学生のころ、不愉快なことがあると「むかつく」と言っていました。その変形が「いかつく」でした。今でも小学生は「むかつく」って言っているのかしら?

 で、その「むかつく」ですが、ちょっと神経症ぎみでハイパーシンドロームの発作を繰り返していたことがあります。ハイパーシンドロームは、要するに息を吸うだけで、はかなくなる、あるいは吐く量が少ないので、胸苦しくなり、ときには短時間ですが失神に近いような状態になることもある症状です。人により現れ方はいろいろみたいです。で、ハイパーシンドロームと同時進行的に出た症状が「吐く」でした。小学生風に言うと「むかつく」ような出来事に遭遇すると「吐く」ようになっていたのです。「吐く」ほうはたいていお酒を飲んでいる時でしたから、酔っ払いすぎたのだということにしておきましたが、実際はそんなに酔っ払ってはいませんでした。少量のお酒でも、嫌なことや忘れたいことがあると「吐いて」しまうということが度重なりました。小学生の言う「むかつく」を地で行っているんですね。

 ほんとにむかついちゃっているの。

 その「むかついて」いた頃のことを、ここのところ、ある人とメールのやりとりで思い出していたのですが、人間の記憶っておもしろいなあと思ったのは、まったく忘れ去っていたことでも、話の相手になる人がいると、ちゃんと思い出すんですね。今朝からふたつ、みっつ忘れていたことを、意外にも自分で記憶していたことに驚くことがありました。記憶するということと思い出すのはまったく別のことではないにしろ、その間に何か連結器のようなものが挟まっているみたいです。そういう意味では人間の脳って、単体で存在しているコンピューターではなくてパソコンみたいなネットワークの末端なのかもしれません。ネットワークに良好に接続しているパソコンもあれば、ウィルス感染しちゃってへんてこりんな反応を起こすパソコンもあるところも似ているなあってへんな感心をしちゃいました。

 そのくせ、去年のお正月に弟夫婦とすき焼きを食べたことをすっかり忘れていて、これは弟のお嫁さんが覚えていたし、うちの息子が覚えていたので、そうかなあと思う程度にしか感じられません。まだ思い出してないの。息子が言うには、すき焼きを食べて、叔父さんたち(弟の一家)を見送ってから爆睡していたそうです。だから「忘れちゃったんだよ」と言ってました。それから昨日、法政のゼミ生がうちに来ていたのですが、百人一首をとろうということになって、カルタのおき場所がわからなくなってました。これはまあ、見つけることは見つけられたのですが、ちょっとショックな感じ。以前は記憶の良さ(受験勉強とはややことなる記憶ですが)に苦しんだのに、このごろはすき焼きやカルタでさえ忘れてしまうのは、いったいどうしたことでしょう。誰か私のかわりに覚えておいてよって言いたい気持ちです。

 あ、私のかわりに弟のお嫁さんが覚えていたのか。

聞いた話 見たこと などなど

2007年01月05日(金)

 今年の初詣は近所の神社と言う人がいちばん多かったのだそうです。で、うちのちかくの熊野神社ですが、見たわけではありませんが、除夜の鐘が鳴ったあとは大勢の人が行列を作るほどの賑わいだったという話でした。朝になってもまだたくさんの人がお参りに来ていたそうで、どうしたことだろう? と知り合いが首をひねっていました。たしかに以前の熊野神社は閑散としていましたから、私もその話を聞いて、半信半疑でした。

 書店でアルバイトをしている娘から聞いた話。「まっったく、大人買いはどう動くか見当がつかない」とぼやいてしました。書店の荷が動くのは5日からなのですが、3日にはコミックの棚ががらすきになってしまったそうです。彼女はコミックの棚を担当しているので「このままでは棚がヤバイ!」としきりにぼやいていました。お正月に「大人買い」のお客さんが思いもかけないものをごっそりと買ってくださったそうです。コミックスを全巻そろいでごっそりと買うのを「大人買い」というのは、以前から知っていましたが、そんなに「大人買い」の影響がでるものとは知りませんでした。それで棚をどうしたかというと「こち亀」のストックで埋めたのだそうです。

 年末に静岡の小川国夫さんのところに伺った時のことです。東名高速焼津インター近くのホテルに一泊しました。駐車場はいっぱいの車。年も押し詰まったこんな日時に宿泊の人がけっこういるのを、駐車場の車の台数で知りました。フロントのわきにはコピー機、ファックス、パソコンなどのビジネス機器を備えたコーナーがありへえと感心。部屋に入ると窓の方角に書き物机の高さの横に渡した棚があり、椅子は机の前で使うようなリクライニング付きの肘掛椅子。ああ、ここで書き物ができるなあと思った瞬間、気付きました。パソコンが普及したおかげで、以前なら、バック・ヤードで処理していたような伝票整理などと、営業をやっている人自身が処理しているに違いないと。営業さんは車にパソコンを積んで仕事をしていると考えないと、こういうホテルはありえないなと気付いたのです。けっこう、そういう人っているんでしょうねえ。

 

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