中沢けい公式サイト 豆畑の友
ホーム プロフィール・著作リスト 中沢けいへの100の質問 中沢けいコラム「豆の葉」 お問い合わせ
中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

心筋梗塞後遺症

2009年03月11日(水)

 熊本の皆さん、どうもありがとうございました。飛行機に乗るとき、気圧の変化に耐えられるかなと少し不安でしたが、おかげさまで特段のこともなく熊本に到着できました。7日8日と大勢の皆さんに起こしいただきましたことを御礼申しあげます。

 熊本文学隊の皆さんから「大丈夫ですか?」と尋ねられたのですが、心臓のほうはとくに後遺症も残していないので、元気です。後遺症といえば「死んじゃったら、あれもしなくてもいいし、これもしなくてもいいのに」とフイに思うというのが、後遺症でしょうか。どうも義務ってやつが少々メンドクサクなっていまして、いけません。それで生きているうちにやりたいことってのもあまりないものですから、このまま、この後遺症にどっぷり浸かっているとものすごい怠け者になりそうです。いや。もともとなまけものですが。

 それから熊本近代文学館の鶴本さん、お騒がせしました。帰りは別府から船便で大阪に出ることになっていたのですが、福岡に「別府(べふ)」という地下鉄の駅があって、私がその「べふ」と大分の「別府」を混同していたので、大騒ぎをさせてしまいました。ほんとうにそそっかしくてすみません。

 間違っているのに気づいたのは博多で地下鉄の切符を買ったときでした。博多から「べふ」まで200円。幾らなんでも200円じゃあ別府にはい行けないだろうと、JRの駅に駆け戻って16時20分発の大分行き特急に飛び乗りました。別府に到着したのは18時27分。タクシーで関西汽船のフェリー乗り場に急行して、なんとか18時50分の大阪行きのフェリーに乗りました。その間、皆さんが私の勘違いに気づいてご心配いただいているとは、つゆ思わず、携帯の留守番電話と着信に気づいたのは、船がゆらりゆらりと瀬戸内海の波に揺られている19時50分になってからでした。

 大阪到着は翌朝の6時30分頃。それから地下鉄で新大阪に出て新幹線で東京到着は11時50分。熊本駅まで送っていただいたのは前日の13時45分でしたから、だいたいまる一日かけて東京に戻ってきました。それでも「三四郎」に比べたらもうすごい超特急です。
 
 九州の特急と船の旅の話はまた明日にでもします。

↓前の日記 / 次の日記↑

   
談話室 リンク集「豆の茎」 メルマガ「豆蔵通信」 サイトマップ