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中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

大阪の女(ひと)

2008年06月01日(日)

 たぶん5月の中ごろだった。21時に東京を出る新幹線で、新大阪着が23時30分頃。それから御堂筋線に乗り、天王寺まで行く途中の車内に、ちょっと目立つ美人がいた。目立つというのは首から上、つまり頭と顔は和服用のヘアスタイルにメイクで、「美人」の見本のような感じ。で首から下が、こっちはやや「ギャル」というのか、薄い生地のミニスカートに今流行しているスモック(とはいわなくてチュニックというらしいけど)を着ているという、なんとなく若いスタイル。たぶん20代前半から半ばくらいの年なのだろうけど、なにしろヘアスタイルが大きめの夜会まき風のスタイルだから貫禄があるのに、なぜか服装は可愛い子ちゃん風というアンバランス。

 御堂筋線に乗り込んできてのが「なんば」だったから、たぶんホステスさんで、お店では和服を着ているんだろうと思ってそのアンバランス嬢を眺めていたら、真剣な顔で携帯メールを打ち始めた。で、メールの返信がすぐに来たらしい。返信メールを見たとたんに目が釣りあがるほど怖い顔になった。で、やにわに頭に手をあて夜会巻きの堺目にささっているヘアピンを抜き出した。大きく膨らませた髪だから、なかには梳き毛が入っているはずで、ヘアピンやUピンを抜くのはいいけれども、いったい梳き毛はどうするのだろうと、なんだか固唾を呑んでしまった。
 
 ヘアスプレーでかちかちに固めた髪を崩しにかかった彼女を見て、驚いたのは私ばかりではなかった。前に立っていた年の頃なら20代後半くらいのサラリーマン氏もたいそう驚いたみたいだ。目が飛び出すという表現があるけれども、まさにそんな顔で、ヘアピンを抜く女性をまじまじと眺めていた。目をそらすのを忘れてしまったみたいな顔だった。上等な生地の紺色のスーツにアイロンが良くかかったYシャツ。ニットのネクタイを緩めているところが、新入社員と差をつけた感じのやや髪を長くしたサラリーマン氏だった。

 で、かのアンバランス嬢は頭をさっと一振りする。するとヘアスプレーで固まった髪の半分くらいが、ほどけてばらばらと肩の上に散った。でも半分は、まだ固まったまま。よっぽど厳重にスプレーを吹き付けたのだろう。ちょうど電車の席が一人分あいて、彼女は腰を下ろすとまた、なにやら真剣に携帯メールを打ち始めた。目が飛び出しそうな顔で、彼女を見ていたサラリーマン氏はもう人ごみにまぎれていた。女の人が髪をほどく姿というのをあんなに怖そうな顔で見ている男の人を始めてみた。心底、怖そうに見ていた。

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