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中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

猫の断末魔

2006年01月26日(木)

 朗読会で読んだ「雨の日と青い鳥」は今年の四月から中学校2年生が使う光村図書の国語の教科書用の作品ですが、これは最初「猫の断末魔」になるはずでした。まさか、そんなタイトルのまま、教科書にのるわけはないのですが、ともかく、拾ってきた子猫が悲しげな声を揚げたのを最後に死んでしまったという話を書こうと考えていました。

 が、犬や猫は拾うという話は、教室ですごく指導しにくいということで避けることになったのです。捨てられている犬や猫が多くて、現実にはどうしても処分せざるおえない現状と命を大切にしましょうという指導の間で現場の先生はいたばさみになってしまうということでした。

 で、「猫の断末魔」ですが(ああ、こんなタイトルが教科書にあったらすごく刺激的ですが)息子が高校生の頃に学校で拾って育てていた子猫を家に連れてきたことがありました。文化祭の期間中に見つけられた子猫で生後間もない様子です。文化祭が終わってから教室の隅っこでひそかに飼っていたらしいのですが、あんまり弱ってきたので、寒い教室に置いてきぼりにすることができずに、はるばると電車に無賃乗車させて連れ帰ってきました。

 何も食べないし、飲まないというので、夜遅かったのですが、獣医さんにみてもらうことにしました。何件かの獣医さんに電話をしてみると、今から連れてらっしゃいという病院が一軒だけありました。若い先生がひとりで開業しているような病院でした。病院というよりも商店街の中の空いた店舗を病院にしたという感じ。診察してもらうと
「こんなに小さい時に親から離されちゃうと、たいていダメなんです。僕もずいぶん、飼ってみたけど、ダメだったなあ」
 という話でした。どうやらこの先生は動物好きが高じてとうとう獣医さんになってしまったみたいです。そう言われても一応、猫ミルク(そんなものがあるのをこの時初めて知りました)と猫哺乳瓶(人間の哺乳瓶よりも小さいのはもちろん、ずっと細長い乳首がついてました)を買って家に帰りました。

 家に戻り、さっそく猫ミルクを作って飲ませてみました。子猫は目を閉じて、くいくいと哺乳瓶からミルクを飲みました。ミルク缶に書いてあった所定の量はあっというまに空になってしまいました。ミルクを飲んでくれると一安心。と、胸をなぜおろした次の瞬間
「みやあぁぁぁ」
 と、ひどく悲しげな声でひときわ高く鳴いたのでした。尋常な鳴き方ではないというのは直感的に解りました。なにしろこんな悲しい鳴き声を聞いたことがないという鳴き方でした。その時、子猫を抱いていた息子にあとから話を聞くと、口の中が全部見えるくらいに大きく口を開けて鳴いたと言ってました。で、こときれてしまったのです。
 ぐったりとした子猫を抱いていた息子には何が起きたかわからなかったみたいです。でも子猫は瞼を閉じて二度と開けることはありませんでした。

 それから家の中は大騒ぎ。高校生と中学生の子どもがおいおいと泣き出したので、私のほうは怒ったりないたり、わけがわかんない騒ぎになってしまいました。

 夜が明けて明るくなってから、裏にある大きな桜の木の根本にその子猫を葬ってやりました。その桜の木の枝には2年ほど前に、私と息子が大喧嘩をした時、私が腹立ち紛れに外へ放り出した息子のジーンズがぶる下がっています。あんまり高い枝に引っかかってしまったので、とろうとしてもとれないのです。それにしてもジーンズってずいぶん丈夫だなあと、時々その高い枝を親子で見上げています。息子が生まれた頃には手を伸ばせば頂上にまで届くことが出来た桜の木がいつのまにか登ることもできない大木になっていました。

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