中沢けい公式サイト 豆畑の友
ホーム プロフィール・著作リスト 中沢けいへの100の質問 中沢けいコラム「豆の葉」 お問い合わせ
中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

お金で買えないもの

2005年03月11日(金)

 どの新聞だったか忘れましたが、お金では買えないものもある、例えば「ホリエモン」というあだ名と書いていたコラムがありました。確かにあだ名というのはお金では買えません。

 これもいつ聞いたインタビューなのか忘れてしまいましたが、タイガー・ウッズのインタビューを聞いていたら「競争に勝った者は社会に奉仕する義務がある」というセリフが出てきました。タイガー・ウッズの独創的な考えではなくてごく常識を言っている感じでした。ああ、競争社会の裏にはそういう勝者の義務が存在していたのかと納得したものでした。こうした常識というより良識はお金では簡単に作れないものでしょう。

 同じくお金で買えないものにひとつに野球やサッカーのファンを上げたいと思います。プロに限らなくてもいいのですが、強いチームならお金を積んでつくることができます。国家的に事業として強いチームを作ることもできます。しかし、良いファン、優れた観戦者はお金だけで作ることはできません。去年の秋、中国でサッカーの試合のあとに騒乱が起きた時そう感じました。

 株式会社というものは株式によって資本を集めます。株式というのは会社が事業を行うための資金を集める仕組みであると同時に、その裏には大きな事業は個人や個人の所属する家族に独占されるべきものではなくて、誰にでも参加できる公的なものにならなければいけないという良識が存在しているようです。
 株式は資金調達の仕組みだということは理解されているかもしれませんが、同じ仕組みが事業を公的なものにするという良識に沿っていることはどのくらい一般的な理解が得られているのでしょうか?資金集めのシステムは作れても、システムを維持するための良識は、簡単に形成されないのです。

 ホリエモンの国盗り物語となずけたくなるようなライブドアによるニッポン放送買収騒動は、東京地裁がニッポン放送の新株予約権を差し止めの仮処分を出したことで、新たな展開を迎えています。ここまで、この騒動を野次馬的に見物してきた感想を言うと、会社は株主のものと考えるホリエモンと会社は社員のものと考えるニッポン放送とフジテレビノの戦いという性格がはっきりしてきました。

 会社は社員のものなのでしょうか?株主のものなのでしょうか?資本主義の理屈から言えば後者が筋が通っています。が、前者の考えは戦後の日本の比較的平等な社会を作るうえで、大きな役割を果たして来たことも事実に思えます。はたして、現実の日本社会のボン・サンスはどちらに傾くべきなのでしょうか?

↓前の日記 / 次の日記↑

   
談話室 リンク集「豆の茎」 メルマガ「豆蔵通信」 サイトマップ