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雨の夜に
2005年01月30日(日)
どうして早稲田の裏町を歩いていたのか解りませんが、その晩、私は二人の男友達と雨の中を歩いていたのです。「こんな雨の湿っぽい夜はジャン荘にでもしけこむのがいいなあ」なんて話を二人の男ともだちはしていました。その頃に早稲田の裏町にはいたるところに小さなジャン荘がありました。
ジャン荘にしけこむと言われても私はマージャンを知りません。それに人数は3人です。だから、マージャンは無理です。が、そのとき、白く振る雨の向こうから黒っぽい傘を差した男がこちらに向かって歩いてきました。傘の下をみれば、同じ年頃の学生風の顔でした。
「君、我々とマージャンをしませんか」
やにわに男ともだちの一人が、黒っぽい雨傘に声をかけたのです。傘が少し揺れて、傘の主が笑っているのが解りました。
「いや、心配しなくてもいいです。この子はまったくの初心者で、この子にマージャンの手ほどきをするのを手伝ってもらいたいだけなんです」
「えっ」と思いましたが、交渉はすでに始まっていてともだちに恥をかかせたくなかったので、「うんうん」と頷いていました。ほんとうにあたりは暗くて静かな晩でした。
「ジャン荘なら、僕、知っているところがありますよ。そんなに高くないし」
交渉はあまりにも簡単に成立してしまいました。早稲田の学生だという黒っぽい雨傘氏が連れて行ってくれたのは食料品店の二階でおばあさんとその娘(おばあさんからみれば、幾つになっても娘は娘という感じのおばさん)がやっているジャン荘でした。客は私たち四人だけ。昆布茶をおばあさんが出してくれました。
パイの読み方も知らない私がマージャンをやったのはこのとき、一度だけでした。まあ、足手まといみたいな存在で、2時間ほどマージャンをやっていました。最初から2時間の約束だったのです。あとで聞いたら、この黒っぽい雨傘氏はけっこうな腕前の持ち主で、超初心者の私がいたので、「僕らは助かったのさ」ということでしたが、ほんとうでしょうか?
出久根達郎さんからエッセイ集「まかふしぎ 猫の犬」(河出書房新社)をいただきました。そのなかに戦争未亡人の温泉団体旅行の話があって、このジャン荘の一夜を思い出しました。なせかじゃん荘の主は戦争未亡人みたいな気がしたのです。根拠は何もありません。学生相手のジャン荘を娘と経営している老婦人が、戦争未亡人だったというのが、珍しくはなかった時代の終わり頃のことです。
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