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中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

開高健「ベトナム戦記」

2017年06月04日(日)

開高健「ベトナム戦記」にこんな場面がある。
 朝鮮戦争にも従軍したヤング少佐は、豊かな社会で暮らす米国は無関心に支配されていると語る。ベトナムのジャングルで「犬のように死んでいっても米国の大半はそれを知らない」と。以下、引用。  
「「タイム」もニューズウィーク」も「ライフ」も、それに「ポスト」もや「ニューヨークタイムズ」だって、毎号のようにベトナム戦争をとりあげているじゃありませんか。それで知れないというのはどういうことです。アメリカはここで何年たたかっているんです?」
 少佐ははげしく舌うちし、いたましげにうなだれた。「読まないだよ。アメリカ人は」「読まない?!」「「読まないのだ。小学校の先生だってろくに読まないのだ。最近の世論調査でその数字がちゃんとでている。学校の先生だってろくに読まないんだよ。わかるはずがないじゃないか。そうか。君はまだアメリカへいったことがなかったんだな。アメリカ人は読まないんだよ」
 とつぜん、155ミリ無反動砲が咆え出した。夜を裂き、土をふるわせ、何発も何発もたてつづけに砲弾は暗い南西めだしてとんでいった。ヤング少佐はきれぎれに弾音のなかで叫んだ。
「……おれたちは孤立しているんだ。だれにも知られずに死んでゆくんだ。ごくわずかの人間にしか知られていないんだ!」

 この記事はFBにあげたものです。FBで皆さんの御感想をいただきました。

 FBで皆さんが「読んでいない」というところに興味と共感を感じられているのは私も同じです。で、私のこのくだりを読んで南スーダンに派遣されていた自衛隊の皆さんのことを連想しました。昨年7月には自衛隊が派遣されているジュバでひどい戦闘が起きていましたが、日本の多くの人は無関心でした。また日本政府はジュバで自衛隊の安保法制成立による「駆けつけ警護」を実施させようとしていました。
 今年2月には国会で自衛隊の日報が隠されていることが問題化しました。しかし自衛隊日報問題は棚さらし状態です。
 幸いに自衛隊のみなさんは5月末に無事に帰国されましたが、ジュバではっベトナム戦争当時のヤング少佐が感じていたのと同等の孤独にさいなまれていたに違いありません。
 北支や南方へ戦線を拡大した第二次世界大戦当時の日本軍の孤立や飢餓とはまた質をことにする悲惨がすでに始まっていることを、このくだりから感じたのです。開高健がベトナム戦争を取材したのは1965年(昭和40年)のことでしたから、それから50年の歳月が過ぎています。ですから、ここで表現されているヤング少佐の孤独もすでに往時のロマンテックなものになっているかもしれません。

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