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中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

「ネットと愛国」

2012年07月21日(土)

 大阪で日の丸の旗を掲げたデモを初めてみたのは09年3月でした。外国人参政権に反対という趣旨でしたが、なぜかデモ隊のところどころで、掴み合いや殴り合いがあり、警備の警官が間に割って入ってました。

 私が見ていたのは、日航ホテルのロビー喫茶室から。デモ隊に背を向ける形で携帯のカメラで写真を撮影している人が大勢いたので、不思議に思って、喫茶室の中を見回してみると、すぐ近くの席にピンクのスーツを着たアントニオ猪木氏が誰かと談笑していました。

 この日の丸のデモ隊が「在日特権をゆるさない市民の会」だと知ったのは昨年のことでした。通称「在特会」。
2012年6月15日(金曜日)首相官邸前の「反原発抗議集会」の様子をユーストリームで見ていたら、在特会が「原発賛成」を「反原発抗議集会」を開いているすぐそばで叫んでいました。至近距離です。こんな至近距離で、まったく意見が異なる集団が対峙したら、どうなるのだろうと息を飲んでしまいました。が、この時は「反原発抗議集会」に主催者発表で4万5千人の人が訪れ、日が暮れる頃には「原発賛成」の主張をする人の姿はなくなっていました。

 ネット右翼と呼ばれる人々はいったい幾つぐらいの年齢なのだろうと思っていたのですが、日の丸を持ったデモ隊の人の姿を見ると30代とおぼしき人が多いなという印象です。けっこう女性もいます、時には子どもを連れた女性の姿も見かけます。

 安田浩一「ネットと愛国」は副題が「在特会の闇を追いかけて」で、在特会を中心にネット右翼と呼ばれる人々の姿をたんねんに描いています。これを丹念に取材するのはさぞ骨の折れる仕事だっただろうと想像するにあまりありました。いや、正直、ネット右翼と呼ばれる人たちの言動に、半分切れかけて「このやろう、日の丸を汚すな」と怒り心頭になることもしばしばあり、それはこの本の著者も同じような心境になってことを本文中で明かしています。また、従来の右翼、新右翼と見られていた人々も在特会に「怒り」を現していることもレポートされていました。

 自分と同じ意見の人の声には耳を傾け安いのですが、意見が違うというだけではなく、なんと言ったらいいのか「呆れてしまう」とか「論外だ」と感じる相手に対して辛抱強く取材をするのは、いかばかりの力がいるものかと「ネットと愛国」を読んでいて、しばしば歎息しました。そして、著者は特在会登場の背景に「怨嗟の声」を聴くまでに至っています。さて、この「怨嗟の声」はいったい誰に向けられたものなのでしょう。特在会の攻撃対象は在日韓国人、朝鮮人ですが、どうも「ネットと愛国」を読んでいると、在日韓国人という存在は仮想の敵にしか思えないのです。仮想の敵の向こうに怨嗟の対象は存在していると、そう考えられました。それは著者の次の仕事のテーマになるのかもしれません。

 ソウルで久しぶりに星野智幸さんとお昼ごはんを食べて日本へ帰国したら「ネットと愛国」が講談社ノンフィクション賞を受賞していました。納得できる選考です。

 星野さんとはスターのおっかけが、語学習得のモチベーションになったり、多様な文化理解を生んだりするという話題を愉快に喋りました。いや、星野さんの「俺俺」が亀梨和也主演で映画化されるので、ソウルの亀梨和也ファンにとっては、大画面が全部亀梨和也で埋まるという快挙な映画になるという話で、亀梨和也ファンが翻訳された「俺俺」を買ってくれ、さらには星野さんにサインを求めるという話が発展したのでした。「僕は亀梨和也じゃないんだけどね。でも俺俺だからいいか」と星野さんは苦笑。そこで星野智幸さんの名言が飛び出しました。
「ネトウヨやっているよりもアイドルのおっかけやっているほうが人生豊かになるよ」
 ほんとに、そのとおり、げにも、と手を打ちたくなる一言でした。ちょっと爽快。でもそのあとで「人生を豊かにする術を失った人々」というテーマが頭に浮かびました。短絡的に言ってしまうと「ネットと愛国」の著者が聞き取った怨嗟の声は「精神の貧しさを生んだ人々」に向けられているような気がしたのでした。

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