朗読会レポート「豆畑には蔵がある」
2005年06月16日(木)
written by マニエリストQ
3席ばかり後方、最後尾の席から、女性の左頬を少しばかり見ることができて、その頬がいかにも楽し気に動いている。楽し気に動くほっぺとはどんな動き かと聞かれても、さあどんなだろう、とにかく楽しそうなんだよ、と言うしかない。楽しいほっぺの女性と魅力的な朗読者たち。楽しさが2倍になってマル得な、初めての「豆畑の朗読会」は、いま真っ盛りなのだった……。
2005年6月11日土曜日。紫陽花、曇天。思い出したかのように時たまぱらつく小さな雨粒。
黒のロングスカートできめた中沢さんが、会場入り口の外に灰皿を持ち出し、満面の笑みで煙草をふかしていました。開演前の余裕か、はたまた緊張か。少しばかり紅潮した中沢さんのお顔。挨拶を交わしたドスのきいたその声で、まさか緊張のはずがあるわけなかろうとすぐに分かりました。すでに会場の席を占めている観客と、三々五々やってくる「豆畑ファン」に、うれしさいっぱいの中沢さんなのでありました(多分そうだったのでしょう)。
会場は千代田区神田は小川町の小川町画廊。普段は画廊の、外から丸見えで、適度な広さの白い会場です。中に入ると外の曇天と比してその白い空間が眩しく、正面の壁面を飾る対の垂れ布が唯一、淡い彩りで清楚な感じを漂わせています。まさしく豆畑色です。
ところで、このたびレポートを仰せつかった私ですが、私、酔いました。もちろん朗読会にもですが、会場に用意されていたあの素敵な赤ワインに酔ってし まったのです。チーズがおいしかったなあ……未卯さんごちそうさまでした。ですので、細部の記憶がございません。そんな奴がなんでレポートするかと言います と、これも二次会での酔った勢いで、中沢さんの掛け声に思わず挙手してしまったしだいです。後悔の盆踊りです。
さて、朗読会。まずは「豆畑の友」管理人、豆蔵さんがトップバッターです。
いきなりホームランがかっ飛ばされました。そういっちゃあなんですが、あの風体で、なんで、どこから、あのような、人心を惑わすくすぐるお声が出るのでしょう。時々宙をさまよう視線がとても愛らしいです。寺門に人を脅す仁王様とまで中沢さんに称されているのに(ちなみに私は彼を大仏頭と呼んでます)。実
を申しますと、豆蔵さんの音楽は何度か聴いています。しかし、今回はいつもに増して素敵でした。気合い入りまくりでした。最後の節の唸りともいえる、詩を歌ったものは凄かったです。手術台の上で出合った蝙蝠傘と便器(失礼)みたいに、あれはまさしくシュールです。異質なものの出合いそのものです。人を驚かすのは威風堂々の風体だけではなかったのですね。堪能いたしました。
通行人が物珍し気に会場を横目にしながら通り過ぎていきます。観客の皆さんは、それぞれ赤ワイン、白ワイン、オレンジジュースなどを飲みながらの観戦? です。席は満席になっています。途中からやってくる人もいらっしゃいました。
豆蔵さんのホームランに気をよくしたのか、皆さんの緊張もほぐれたようです。
そして、大平洋プロジェクトさんの出番です。
まずはネーミングが壮大です。私はてっきりどこかの会社のお名前かとばかり思っていました。なにを作ってるチームなんだろうと考えたりもしました。気の合ったサラリーマン同士が集って活動してるんだなきっとなどと、まあその辺りは結局定かではなかったのですが、朗読をされた寶洋平さんの説明によると、自分たちは世界に向かってバラエティーなことをやっていくんだということでした。納得。その日のユニホームも下原資翠さんによるデザインのTシャツということでした。朗読の内容はその場にいた人のお楽しみ。音楽担当は河上大樹さん。終わったあとで緊張が解けたのか、一服しながら、音楽が予定と違ってたろうがと楽しくやりあってました(ごめんなさい。これはひょっとしたら後半の深山洋平さんのほうだったかも。酔ってます)。
いよいよです。わがQBOOKSのアイドル詩人氷月そらちゃんのお出まし。手にしたカップのワインがひとごとながら緊張で微かに波立っております(そんなわけありゃしません。カラですもん。そっと未卯さんに目配せ)。実はこれまた、そらさんのファゴットを聴くのは二度目の私なのです。けれど、こんなにも間近 で、そしてヴァイオリンとの二重奏を聴くのは、今日がはじめてです。
いやー、またまた大ホームラン! 演奏曲はベートーヴェンの「3つの二重奏曲」の第1曲。ヴァイオリンの加藤一真さんとファゴットそらさんの「そら吹き」さんは、もうなんというか、一心同体です。絶妙な掛け合い漫才みたいです(もち、ボケ方は一真さん)。ジェラシーさえ感じます。「楽譜は作曲家からの一様の手紙で、それを音楽で朗読する」と当日の立派なパンフレットにありましたが、こんな素敵な朗読もあったのですね。恐るべし朗読。奥、深し。金鳥蚊捕りも夏間近。
と、単独ホームラン続きですでに得点3を重ねる豆畑チームではありますが、中沢監督はそれでも情け容赦なく、眼光鋭く叫ぶのであります。
「畳み込めー!」
中沢さんがこんなにもテンション高いとは意外だった……ひょっとして、比呂美さんも……ブルッ。カリフォルニアの陽気は如何なものですか?
はい。それはさておき、深山洋平さんです。
朗読が今回で3回目ということですが、これだけのものはそうそうできるものではないです。朗読内容はこれもまた居合わせた人だけのお楽しみ。かなりの長丁場ともいえる圧巻ものでした。これこそ朗読の神髄「聴かせる」というものなのでしょう。駄目押しの長大ホームランです。ポップなお兄さんも頷くように聞き入っている姿が印象的でした。朗読に限らず、会という催しの素晴らしさは、こういった様々な人がある意味偶然に出合い、そして一点に集中できる劇的な空間を共有できるということなのでしょう。それは、価値観は個々にそれぞれ、という前提でのことではあるのですが。深山さんとは一服しつつ少しお話ができま した。ぜひ、うちの次の朗読会にも参加してくださいね。
外はいささか暗くなり、少しばかりちらほらと雨?
いよいよもって、豆畑の朗読会はラストのリーディングを迎えようとしているのです。それは全観客の待望でした。『うさぎとトランペット』が生で味わえるのです。突如、雷光一閃、稲妻。中沢けいの黒い影が背後の白い壁に巨大に伸び、竜舌蘭に埋もれた地下から漏れひびく巨人の呻き。天宙にはかしましく飛び交う天使たち……と、……なに?
「中沢、変更しちゃいます」
「朗読内容、変更しちゃいます」耳を疑う観客一同。
「教科書が今さっきできあがったの。で、こっちやります」どよめく会場。
そうなのです。作品が掲載された教科書が、できたてホヤホヤで届いたのであります。おーっと、これまた大お年玉。本邦初の教科書朗読。さらに著者自身による貴重な朗読。まだ誰も見ても読んでもいない教科書。ちなみに、これは冒頭の頬楽し女史からのものだそうです。
朗読会がこれで終わってしまうのだろうかと、誰もの内心に一抹の寂しさを投げかけつつ、中沢けい朗読が進んでいくのでした。なにを思い、なにを感じながら、いま朗読にあるのでしょうか。今日の朗読会にどのような思いを馳せているのでしょうか。などと詮索するのは実に愚かなことです。それどころではないのです。まあまったく、ただただ楽しんでいるだけなのです。そういうお人なのです。 て、中沢さん、違ってたらごめんなさーい。
そしてついに、第1回「豆畑の朗読会」は全朗読を終えたのです。そのあとのパーティも最高でした。酔いました。はじめから酔ってましたけど。いずれにしても、大成功おめでとうございます。次回開催が待たれます。豆蔵さん、頑張ってください。
と、これで終わったかに思えた朗読会。なんと二次会があったのです。でも私はただ酔っただけですし、ひたすら長文駄文になっていますので、ここでは割愛。最後になりましたが、銀座「きらら」で銀恋をデュエットしてくださった中沢さん、ありがとうございました。豆蔵さん、未卯さん、お疲れさまでした。出演された皆さん、そして貴重な時間をご一緒できた観客の皆さん、感謝。またお会いできる日まで、さようなら……なお、このレポートには脚色された部分がありますのでご了承ください。そんなこと言われなくとも知っとるわい、てその通りでございます。
打ち上げでの記念撮影。最後まで愉快な朗読会でした。
(まにえりすとQ・詩と小説のQ書房主宰)→Q書房
写真:中沢けい・豆蔵