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伊藤製作所「豆畑支所」
   
 

いっとくが「うつ」ではない

2009年06月05日(金)

きのうは「弁護士のくず」の1巻、4巻5巻をかいに、わざわざブックオフへいき、それからSageへよってケーキとカプチーノで30分ばかり漫画読んで帰った。はじめてだ、用もないのにひとりで喫茶店にいって時間つぶすなんて。そんなことでもしなけりゃやってられねーよという心境である。バナナムースたべようと思ってたが、ショコラオランジュが一個だけのこってたのを見て、またついそれに。こないだ買ったYarisは、ipodつなげると大音響で音楽が聴ける装置がついていて、行き帰りにそれを鳴らしていた。うちについたらまだグレングールド演奏リスト編曲ベト5番が鳴ってたので終わるまで車の中でききながら、5巻を読んで泣いていたのだった。こんな漫画でどうしてこんなに泣けるんだというほど泣ける。まず登場人物がよく泣く。顔をかくして泣く。涙を流して泣く。それを見て、マミ先生という若い女の弁護士もいつももらい泣きする。ここがツボなんではないかと思った。そしてまたネームがきちんとツボを押さえるようにできている。「うけいれられた」「みとめられた」瞬間に、人は押さえていた感情をゆるめて泣くのだ。そういう意味では「テレプシコーラ」と対極にある。ネームが、あーそれだけはいうなよというツボだらけ。どっちもリサーチさんざんやって考えぬいてるネームなのだろうが。マジで、漫画でも読んでなきゃ生きていられないくらい現実が厳しい。そういうわけで仕事がぜんぜんはかどってない。なんにもおわってないし、取りかかってもいない。よく生きてると思う、こんなていたらくで。

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