発見…いまさら 漫画
2014年01月29日(水)
「スターシステム」を検索していたら手塚治虫のロックに行き当たり、そういえば、ロックってヨハンみたいって思ったら、「バンパイヤ」が読みたくなり、さっそく買って読んでみたら、なんと「下田警部」がリヒァルトだった。そして「バンパイヤ」でも、下田警部が殺されて、ヒゲオヤジが立ち上がるのだ。そして読んでみたら、ほんとにロックはヨハンだった。てなことはみんなもうわかってるんでしょうが、あたしは今ごろ気がついた。これはサンデーでさんざん読んだが、あんまり人が殺されるので、いやになってそのあと読まなくなったような気がする。11歳の頃だ。サンデーは学校でだれかのを借りて読んだ、はず。出だしのかっこよさはその頃わからなかった。今みると、ぐいぐい引き込まれる。
雨乞い
2014年01月27日(月)
隣の荒れ地のセージたちが枯れている。花は咲き始めているが極端に少ない。いつもはいちばん早く咲くジンコウザクラが咲いていない。
尋ね人
2014年01月26日(日)
尋ね人に無事につながってうれしいのである。その上、ゆうべ空から水滴が。ほんの少し。こういうのはrainingとは言わない。spitting(つばをはく)という。
F永Y子さん
2014年01月24日(金)
F永Y子さん、もしこれを見ていたらご一報を。どうぞよろしくお願いいたします。
パトレイバー
2014年01月24日(金)
こんどの読売のビタミンブックは「シュトヘル」について書いた。たしか26日頃だ。字数がないから西夏文字のことしか書けなかったが、女の肉体に男の心が宿るっていう設定の妙についても書きたかった。もちろん探せばもっとあるだろうが、すぐ思いついたのがゆうきまさみの「鉄腕バーディー」、漫画の世界ってほんとにいろんなところから声をお借りして成り立っているのだなと感心する。で、ゆうきまさみといえば、「パトレイバー」だ。「バーディー」も人間の世界は悪くはないが、宇宙人がごちゃごちゃしすぎている。やっぱり「パトレイバー」だ。で、この絵も設定も小道具もいかにも80年代な「パトレイバー」の醍醐味は、まるで実写映画(しかも名優を金に糸目をつけずにキャスティングしたような)のような顔とキャラの描き方のリアルさなんである。ここには「MONSTER」の人情話に感じたような人間関係話の既視感は感じられない。もっと漫画だからできる表現をめざしている、んだと思う。主人公たちは漫画的な処理をほどこされて、ああいう顔でああいうキャラだ。しかし脇役たちは、実在の人間をモデルにしているように多種多様でおもしろい。好きなキャラは、内海課長や後藤課長、黒崎さんやシゲさん…といろいろいるけれども、いつも、いいなあと見入っちゃうのが、警視庁かどこかの会議で、まじめな顔して「作戦名に提案のある方」などと司会する人だ。それから帆場さんといったか、シノハラかどこかの技術者で夜遅くまで働いている人(ひとコマしか出てこない)。ロボット漫画といってもいろいろあるが、ガンダムなんかが戦車みたいなものからの進化形で、アトムとかがヒトからの進化系で、鉄人28号なんかはリモコンおもちゃからの進化形で、山本さんちの息子(ひさうちみちお)が扇風機(アレ? トースターだったっけ?)からの進化形としたら、パトレイバーはヤンマーとかクボタとかの農業機械や建設機械たちからの進化形なんである。そこもすごい。
のだめ
2014年01月24日(金)
「のだめカンタービレ」はおととい読んでた。パリにいくまでは夢中になって読んでいたが、音楽漫画といえばくらもちふさこの往年の「いつショパ」だったけど、そんなのメじゃないくらい(いや、くらもちふさこ、大々々好きなんですが)、音楽がたんに背景や小道具として使われるんじゃなく、音楽が音楽として全面に立ち上っている、うんちく漫画の最高峰の一つ、として評価してたんだが、パリにいってからの話はてきとうに読んでいたのであった。そしたら、おととい、20とか21とか22とか23巻とかを読みかえしてみたところ、こんなにすごかったのかと自分の読み方を反省した。千秋の役割やシュトレーゼマンの役割、Ruiの役割も、うまくきちんとはまりこみ、それがいちいち音楽ときっちり結びついておる。まるでジグソーパズルのような(別にこないだやったからこの比喩を出してきたわけじゃない)快感を感じつつ、大団円にむかったのである。シュトレーゼマンとファウスト(のメフィストフェレス)が重なるところなんかぞくぞくした。しかも千秋よりのだめのほうが、天才、成功、という話のもっていきかたに、とてもとてもとてもとても好感を持った。
MONSTER
2014年01月24日(金)
読む漫画が尽きたので古いのひっぱり出して読んでおる。きのうは浦沢直樹の「MONSTER」すごい漫画で何度読んだかわからない。2000年前後に読んでいたときは、読みながら、ライヒワイン先生がヒゲおやじというのに気がついて、天馬博士や日本人のもぐり医者やケン一のもじりのケンゾーや、なんかいろんなところで手塚漫画から声をお借りしてるのに気がついて震撼したものだ。あたしはもともとチェコの絵本にはけっこう詳しかったから、浦沢直樹がチェコ語で絵本をつくっちゃったのにも驚いたし、会話の一部が訳なしのチェコ語なのにも驚いたものだ。そういう感動はまだ持ってるのだが、きのう読んでいたら、これだけじゃなくて、キートンにも感じていた「すごいな、人情話を描く職人芸だな」という感想が「既視感」ということばに集約されていくのを感じた。つまりここに描かれる人情話は、いつかどこかで見た(ないしは読んだ)人情話、そしてそれを見た(読んだ)ときの感動を、繰り返そうとしているのだということに気がついた。そこにあるのは漫画だからできる表現というより、映画の、テレビの、小説のひとこまの上質ななぞり、漫画化である。のではないか。
父の生きる
2014年01月20日(月)
新刊の『父の生きる』(光文社)がもう出ているようだ。あたしはまだ見てないのだが、書店に偵察に行った担当のY田さんが「書店の平台、お父様の視線が痛いです。ものすごい、迫力がありましたよ」とメールくれた。ここ数年やってきた生と死シリーズのとうとう最後だなあと思うと感無量。このシリーズの(勝手にシリーズなんですが)顔でもあった菊地信義さんの装丁だ。菊池さんの装丁でつないできたのである。
ジグソーパズル
2014年01月20日(月)
こないだ6時間(もっとかも)かけて550ピースのジグソーパズルをトメと二人でやったので、見る風景が、すべてジグソーパズルに見えてしかたがない。とくに青い空や曇った空や混んだ木々の繁みなんて、ちっまったく…と思っちゃうのである。あれは時間の無駄だった。まだネット書店で、読みたくもない漫画をついつい読みふけっているほうが自分のためになると思う。550ピースのあと、700ピースというのをトメはテーブルの上にぶちまけた(友人に二つもらったそうだ)が、National Geographic謹製で、空と木と水ばかりなので、トメもあたしもたちまちいやになってやめてしまった。そこまでの根気は二人とも持ちあわせてなかったのである。最初の550ピースのは、ドイツのお城がど真ん中にそびえている絵柄で、やりやすかった。あたしには50ピースくらいのが向いてるような気がする。
2月4日「比呂美の部屋学園ライブ」加納良寛氏の巻
2014年01月17日(金)
第11回「比呂美の部屋 学園ライブ」 『古武道と身体の(そして介護の)真実!』 ゲスト 加納良寛氏(鍼灸師・古武道研究家) 場所 RKK1Fアトリウム 日時 2014年2月4日(火) 18時開場 18時30分開演 「山崎町といえば、阿部一族の屋敷跡…… 由緒正しき武の土地にて、 古武道研究家加納良寛さん(鍼灸師)に 古武道について、手裏剣について、刀について、身体について、 そして介護について、実演をまじえて、教えていただきます!!」
ゲストの加納良寛氏のプロフィール。 「昭和28年熊本市生。鍼灸師(1994年野口町にて鍼灸院開業)。古武術家、2002年甲野善紀氏の知遇を得る。 刀剣研究会幹事。みつばち助け隊熊本代表。
説経節
2014年01月14日(火)
ほかに仕事はいっぱいあるっていうのに、こないだ「おぐり」の現代語訳やってて(ウェブ平凡でやってます http://webheibon.jp/sekkyoubushi/)餓鬼阿弥の車が青墓の万屋の前でとまってるところまでやったら、そこから、照手が車を引いていくところ、心は二つ、身は一つと泣いて別れるところとか…、マジでいいところなので、やめたくなくなって、ずーっとやりつづけて、さっきおわった。また全体を見なおさないといけないけど、とにかく、照手も小栗もめでたしめでたしだ。人ごとながらどきどきした。なにしろ照手の働きっぷりがすごいのだ。その上、雇い主に食ってかかるところもすごい。とてもお姫さまとは思われないほどすがすがしい。今度は信徳丸。これがまた、信徳はナニコレというほどあわれだし、乙姫はたくましい。それが終わったら山椒大夫と信太妻やりたい。しかし実はほかの仕事もしないといけないのだ。
荒れ地に花
2014年01月12日(日)
荒れ地に山ライラックが咲いていた。気の早い株だ。別のところにアレチノウリが咲いていた。そういえばアレチノマリー(セージの仲間)の葉っぱがいきいきしているのには気がついていた。今年は雨が少ない。ベルリンにいってる間に1,2回降ったらしい。でもあたし自身はまだ雨を見てない。
松
2014年01月09日(木)
で、「さくら」に行って、一週間遅れだけど、おせち(野菜のうま煮。紅白なます。ままかり。海老。かまぼこ。田作り。花豆。お赤飯)。今日の担当は「かまぼこの飾り切り」で、20数人分のかまぼこを飾り切りの松に。料理屋でも働けるかもしれないというほど熟達した。先週は「もちこ」からのフェイク餅作りとおむすびの担当だった。フェイク餅は、「もちこ」を水で溶いてチンして練って丸めるのである。もうちょっとやっていれば、熟練の餅職人というところだった。惜しかった。しかしこうして毎週のメニューを見ると、日本人というのは実にたくさん炭水化物を食べる。しかもよろこんで食べる。
ねずみ
2014年01月09日(木)
きのうにひきつづき、台所に仕掛けた電動ねずみ捕りにねずみがかかっているので、息を潜めておる。まだ家族はだれも降りてこない。とくにねずみ係のつれあいが、なかなか降りてこないのでじれている。これはねずみが入ると電気が流れて瞬殺し、ライトが点灯する仕組みである。今朝、6時前に降りてきたら(寝室は二階)まっくらな中で、ライトが点灯していた。やや明るくなってから(電灯のスイッチはねずみ捕りのそばにあるので近づけなかった)見に行ったら、長いしっぽがつきだしていた。おとなのねずみである。きのうのはまだ若くて小さく、それをあたしの指示どおり、つれあいがゼラニウムの茂みにずぼりと落とした。起きたのは6時前、ちょっと早かったが、不安夢で目が覚めたのだ。Sが子どもを産んで、しかもそのことをイラストつきエッセイ集みたいな形で出版したという。中略(覚えてない)。この部分はいい夢なのだが、そのあと、その本をみながら、カノコとSがあたしがどんな母親だったか、どんな影響を受けたかということをあたしの前で話していて、ものすごくトラウマになったと二人がいうのだ。あんなことしたこんなことした、とさんざん言われて、えー、あんたら、現実とちがうじゃん、というと、おかあさんこれがあたしたちの現実だと言われて、にっちもさっちもいかないところに追いつめられ、どきどきして起きた。しかしその前に、諸般の理由でつないでおかねばいけない若い女がいて、その手枷をあたしが直しに行くと、手枷がはずれて女があたしに襲いかかって後略(忘れた)てな夢の断片も見た。きのうまではきっちり8時間眠れたがきょうは7時間。目覚めてすぐ、何時間ねたか、数えるくせがついた。ベルリン以来だ。ゆうべ、必死で「おぐり」の次を仕上げたので、きょうは「さくら」に行ける。
年末年始
2014年01月07日(火)
年末年始のお休みをいただいてました。お休みの間に、つれあいが風邪にやられ、いろいろとめんどくさかった。あたしはよく眠れている。あいかわらず10時とかに寝て、6時とかに起きている。大晦日のパーティーはつれあいの風邪が悪化してドタキャンし、シャンパン飲まないまま年越しだ。そばは食べた。元旦は「さくら」に行って、お雑煮を作って食べた。M子さんのレシピで、秋田北海道風お雑煮で、とてもおいしかった。しかしうちではなんにもしなかった。漫画をいっぱい読んだ。ぐーたらした。それから岡田准一祭りを極私的にしていた。「さくら」にはテレビジャパンがあるから、官兵衛を見に行きたいなどと思っている。ズンバは、風邪から立ち直ってからは勤勉に通いつめている。日本の人々は働きはじめて、きのうあたりから催促が厳しくなってきた。
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