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中沢けいコラム「豆の葉」
   
 

キャラバン

2005年11月08日(火)

 アジアの作家との対話の旅をキャラバンと呼び出したのは2002年のインドからだったと思います。もともと、とくに定まった名称はありませんが、今回の台湾旅行も目的は台湾の作家との対話でした。

 最初は1991年東京で韓国の作家との会議(シンポジウム)を開催しました。このときは、私は参加してません。その後1993年済州島05年松江07年慶州2000年青森2001年原州と6回ほど韓国との会議に参加しました。2001年は北京で中国の女性作家との交流と会議も開催しています。ちょうど、9・11のテロ事件があったときでした。2002年にはインドとの会議をカルカッタ、ニュー・デリー、バンガロールと開いています。都市を巡る形式からキャラバンという言い方が生まれたように記憶しています。2003年には山形でインドの作家との会議を開催しました。

 日本国内で開催する時にはたいてい公開のかたちで一般の聴衆も集める形式ですが、相手国の場合はクローズばかりでした。こうした会議や対話は、毎回、そのたびに実行委員会を作ったりして、やっているので統一名称や正式名称はなにもなくキャラバンという単純な呼び方が定着してます。今回も台湾の作家との「キャラバン」でした。

 2001年北京の時は9・11のテロに遭遇したのですが、今回はフランスの暴動を日本の新聞の衛星版で知りました。ヨーロッパの暴動は数年前から繰り返されていますが、今回はじわじわ広がる火のてのような具合でそう簡単には収まりそうにありません。場合によっては中東北アフリカを巻き込んで行きかねないので注視しています。そう言えば1997年の慶州では、帰国直後にアジアの通貨危機が起きて韓国がIMFの管理下に置かれるという大事件もありました。このキャラバンは世界の歴史が動く転換点に接しているという偶然が何度か重なっています。

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